「2010年頃だったと思うけど、国交省が2100年までの日本の長期予測というものを出していたんです。ビジネスのためにと思って読んでみたら、あまりにも長期予測過ぎて、ビジネスの参考になるような事柄はなかったんですが(笑)、『人口減で田舎は過疎になり、ほとんど里山が維持できなくなって野獣に支配される』みたいな内容だった。
温暖化で海洋資源は減っているのに、山は増えるのかと。私は商売人ですから、レッドオーシャンではなく、ブルーオーシャンに乗らなければダメだと思って、それでハンターになろうと思ったんです」
自然から何かを得て、食べる。その一連のサイクルに、仕事以外のほぼすべての興味があった川邊健太郎さんは、幼い頃から親しんでいる釣り、キノコ狩りのほかに、狩猟免許、銃所持許可証を取得して、猟へと深みにハマっていく。
東京出身ながら、子どもの頃から通っていた房総半島に拠点を構えるべく、内房の海岸線を隈なく巡り、自分の足で探した館山のとあるビーチに、ほとんど廃墟となっている保養所を見つけた。半分を工務店に依頼し、半分をDIYで改装しながら住みはじめた。
「住みはじめて地元の方達と仲良くなって。この辺の漁師さんは大体、兼業なんですね。そういうライフスタイルもいいなと思って、漁師にもなろうと。猟師は国家資格ですから試験に受かればなれるんです。でも、漁師は、実は難しい。
なぜなら、漁業権を取るためには、地元の漁師さんの組合の稟議で、全員の同意が必要だから。他所から一人を入れたら、それだけ自分達の取り分が減ってしまうわけですから。
漁業権のためにしていたわけではないけれど、お祭りで神輿を担いだり、ビーチクリーンしたり、ゴミの集積所を直すのを手伝ったり、漁師の人たち全員と面識をもつようになりましたね。それから、顔役がいるんです。外からはわからないけど、恐らくはキーパーソンなんだろうなという人に、お酒を持って行って『そろそろ漁師になりたいんですよ』って相談しました(笑)。そういうドラクエのようなロールプレイングを経て、6年かけて、晴れて昨年から漁師になりました」
さすが、百戦錬磨の経営者と言うべきか。着実に人脈を築いて、目標を達成する。その難題をクリアする過程をこそ、楽しんでいたように聞こえた。漁業権を取得したからには、自宅目の前に広がるエメラルドグリーンの美しい海でサザエやアワビ、伊勢海老が獲れる。今は自家消費する程度の量しか獲っていないが、いずれは漁協に卸すことも視野に入れているという。
縄文人の感覚がわかる。
自然の恵みに溢れかえってるから
「一応、ハンターの方もね、害獣駆除隊に入っているので、獲れば補助金ももらえます。ジビエセンターがあるので、そこに肉も卸せるから収入を得ようと思えば得ることもできる。まあ、収入になった方が張り合いにはなりますよね。ただし、僕の基本は食べるため。目の前の海にビーチエントリーで素潜り漁をして、すぐ裏手の猟区になっている山で鉄砲を撃つ。
日本ってなかなかすごいんですよ。外国で猟区まで行くためには、車を走らせなければ行けないはず。でも日本では、居住エリアとフィールドの距離が近い。縄文時代には、3000〜4000年間、安定して狩猟採集生活をしていたわけで、その感覚がわかるな。自然の恵みに溢れかえってる。
労働時間も極めて短くて、朝、何かをハンティングして、木の実を拾って、どぶろくみたいなの作って、あとは宴会して1日おしまいみたいな。それをずっとやってきたんですよ、日本人は」
鳩、鴨、穴熊、キョン......
房総の山で一番うまい肉は?
千葉の山でどんな動物が獲れるのかを聞いて、その豊かさに、固定概念を揺さぶられる思いがした。
「動物の肉って、ハンターにならない限りバリエーションが極端に少ない。昨日もお客さんを呼んで獲った肉でBBQしましたけど、鹿、猪、鴨、アライグマ、キョンの5種類かな。ほかに穴熊とか、他の鳥だって何種類もいますから。
真鴨は、本当に美味しくて、大好物。それからキョンも美味しいですよ。千葉県だと、キョンの卸値が一番高いくらい。小さな鹿のようですけど、牙があるっていうことは雑食性で、ザリガニとかサワガニとか食べているんじゃないかな。あと、キジバトとかも美味しいですよね」
ハーフライフルという、弾丸が回転しながら発射されるライフリングの構造が銃身の半分まで入っている銃を見せてくれる。免許を取得して最初の10年はハーフライフルしか購入できない。川邊さんは飛距離がさらに遠くなるライフルも購入できるが、申請が煩雑なために手に入れていないという。
200m以上離れた熊を打つようなシチュエーションは、北海道に行かなければ出会わないが、川邊さんはしばしば釧路まで遠征している。
「これは皮を剥く用のナイフ」「内蔵を引きずり出すため」など、種類の違うナイフもテーブルに並べて見せてくれる。銃とナイフの威圧感に、思わず怯む。
「釣った魚をさばくのに慣れていたんで、動物でもあまり抵抗はなかったですね。害獣駆除の側面もあってやっているから、仕留めた鹿が身篭っていることがわかったときは、うーんってなったけど。ハンターの師匠に『すぐ慣れますよ』って言われました。それも考えようですが、もし産まれてたらまた増えてしまうから。それも人間の都合なんですけどね。
結局、人間が農地を増やして、餌が食べられるようになっているから増えている。全部、人間の都合。ただ、実際に田舎では農作物の被害は深刻で、農家をやめてしまう人も出てきている。あ、これが国交省の長期予測で言ってたやつだって」
ただし、高齢化、害獣の深刻化、里山の崩壊とネガティブな側面にスポットライトを当てるためにハンターになったわけではない。もちろん、それらの問題に直面しつつも、動物を獲って、食べるのが面白いからハンターをしている。
外したら自分はどうなるんだろう?
100kgの猪の突進で放出されるアドレナリン
釣りと同じように、それぞれ対象に合わせて獲り方は異なる。対象となる動物すべてに違う手順を踏んで、獲る。
「例えば猪の場合は、逆あみだくじみたいな感じで、山の頂点に猪がいるとして、そこからいくつもの獣道が下の方まで続いている。その終着地点にそれぞれハンターが待っていて、自分のところに猪が来たら撃つんです。
犬が遠くで吠えて、がちゃがちゃっと音がして、来たぞ!って。一度、100kgぐらいのものすごいでかい個体が来て、『これ外したら、自分はどうなるんだ』っていうプレッシャーで。まあ、外しましたけどね(笑)。竹やぶの竹をぶち破りながら逃げて行きました。待ち伏せはめちゃくちゃ寒くて、2〜3時間ジッと待っているなんてざら。千葉ならまだいいけど、茨城の方だと雪の上。
滅多に自分のところになんて来ないけど、集団としてはだいたい獲れる。するとみんなで解体して、分配するから肉にはありつける。
鹿、特にエゾジカは車で探して、かなり離れたところにいるんですね。離れているから向こうは気づかない。それで車を降りて適切な距離に近づいたら、撃つ。足と車で探すから、サファリハンティングに近いかな」
この圧倒的にリアルな体験談。自分の体を使って食べるものを獲るという行為に比して、川邊さんの仕事はインターネットというバーチャルなフィールドを舞台にしている。そのギャップに対して尋ねると、「まあ、気分は変わりますよね」とさらりと返す。精神と肉体のバランスとか、マインドフルネスとか、体で知っている人は、そういう面倒な言葉を使わない。
「まあ、考え事をするのにも良い。猪の待ち伏せのときは、本当に退屈で。今は日本中どこでもだいたい電波が届くようになったんで、銃を持ちながらスマホで仕事してたりしますけど(笑)、圏外で本当に何にもすることがなかったら、雑草の葉っぱを15分マジマジと見たりする。こうなっているのか、葉っぱって、すげえなって(笑)」
サファリハンティングのような、マッチョな自己誇示の意識もあるのかと聞くと、「一度はやってみたいけど、食べるためにやってるから」と言って、かつて千葉県のハンターが大集合した逸話を教えてくれた。寺で飼われていた2頭の虎が逃げ出し、住職からハンターに射殺依頼がきたという。県下のハンターは勇んで、全員出動。
「それがハンターの心理で、誰だって一度虎を撃てるのなら、撃ってみたいもの」と川邊さんは話す。ただし、基本的には海でも山でも食べるために獲る。その方が“生きている感”があるという。
猪猟に学ぶ、リーダー論。
人間の根源的な集団心理に気づく
「それから、猪猟って、会社をマネジメントする、みたいなものより、はるかに昔からやっている団体行動なわけですよね。つまり、リーダーシップの原型みたいなものが随所にあるんです。勢子長という犬を連れてくるリーダーがいるんですね。
要するにこの人についていけば、猪が獲れるのかどうか。あるいは自分は獲れなくても、きちんと平等に分配してくれるのかどうか。結局、リーダーシップに必要なのは、この二つだけなんですよ。
あとはね、商売は信頼が大事なんです。正直、東京で仕事をしていると取引の代替性がありすぎて、それがピンとこない。何かあったとしても、『じゃあ、違うところに頼めば良い』ってなってしまうから。
でも、北海道のハンターからヒグマが獲れたよって肉が送られてきて、お礼は何が良いですか?って聞いたら、“東京でしか売っていないもの”って言われたんです。これが、貿易の原点ですよね、お互いに持っていないものを融通し合う関係。そうやって信頼関係を構築していくのが、本来の商売ですよね。
釣りに比べて集団で行う猟には、そういう学びもありますね。最初の頃は、狩猟仲間からは“ヤフー”とか、“トーキョー”とかって呼ばれてましたから(笑)。信頼関係ができてくると、呼び方も変わってくる。ただし、こういう学びはあくまで副次的なもので、原点は何かいろいろと作戦を考えて、捕って、食べる。その喜びをみんなでシェアする。その一連の作業が楽しくてやっているだけ。あとはまあ、自然にいると気分転換ができるってことです」
いつも少しずつ変化する只中に。
それが自分の生き方なんだと思う
「フィールドを案内しますよ」と言って、川邊さんがビーチへ向かって歩いてく。コンクリート造の新しく建てたサウナからは遮るものなく水平線が見え、一階部分はカヤックやジェットスキーなど、漁の道具が並ぶガレージになっている。「図らずも海女さんが海から上がってきて焚き火で体を温めるように、このサウナは素潜り漁の後には最高なんです」と川邊さん。
海を眺めつつ「あそこの岩の裏には、カゴカキダイがいて、見た目は熱帯魚だけど、刺身にすると絶品ですよ」と、海中の風景を説明してくれる。
裏手の山へと向かえば、プライベートのキャンプ場にしている牧草地で、草刈機の代わりに飼っているというヤギが数頭迎えてくれる。さらには鴨を撃つために作ったという人工池があり、実際に何度もそこで鴨を獲っているという。池を維持するために地下水をくみ上げて循環する小川を作り、そこにホタルを放して、少しずつ数が増えているという。
常に変化し続ける、そのプロセスが面白いんですね、と最後に聞くと、川邊さんはこう言った。
「例えばサイト作りみたいなものだって、完成形はないですから。常に“work-in-progress”で、一生工事中。それが好きで、まあ、それが生き方みたいなものなんじゃないですかね」