現代美術作家・加賀美健の頭の中。スマホは思考を試すおもちゃである

手書き文字の「実家帰れ」をはじめ、私たちが気にせず触れている言葉や景色をアートに変えるアーティスト・加賀美健さん。Instagramの投稿には道端に落ちている手袋や、アイドルや俳優の画像、コラージュ作品などが雑多に溢れている。なぜ写真を上げるのか? そもそもスマホをどう使っているのか? 加賀美さんにスマホの使い方を聞くと、まるで彼の頭の中を覗いたような面白さがあった。

photo: Jun Nakagawa / text: Ku Ishikawa

撮ったらすぐに投稿。
インスタはアイデアノートである。

「気分は生配信」

日課の散歩中に、路上に落ちている変なもの、街で見かけた気になる人、目に入った瞬間に写真を撮っては、すぐにインスタに投稿する習慣を加賀美さんはそう話す。

「撮ったもののほとんどをその場でインスタに上げています。たまに次の日に上げようと溜めていても、朝起きて見たら気持ちが乗らず、投稿しないことが多いです。見ている人は今日とか昨日とか、1年前とか気にしないと思うんですけどね」

撮影した写真をすぐ上げるだけでなく、コラージュや写真に手書きを加えた画像などの加工もその場で行っているそう。

散歩の途中、おもむろにスマホをいじり出す加賀美さん。

「僕の中で加工アプリの3トップがあるんですよ。切り抜きやコラージュは〈合成写真&背景透過合成スタジオ〉で、写真の上に線や文字を書くのは〈Let’s Draw〉。この2つはだいぶアナログな操作感で、使い勝手がいいんです。僕のアバター、ケニー・カガミが誕生するのは顔加工アプリ〈FaceApp〉のスター効果。誰でもケニーになれますよ(笑)」

なぜ撮ったらすぐに加工し、投稿することにこだわるのか? それは思いついたアイデアを自分に定着させるための一つの方法のよう。

「文字でメモするだけでもいいんでしょうけど、形にすると記憶に留まりやすいんですよね。だからインスタはビジュアルに特化したアイデアノートだと思っています。カメラロールを見返すと、投稿したものが表示されて『ああこんなこと考えていたな』って思い出すことも多いです」

メルカリは釣り。
狙ってない面白さにも目が行く。

そんな加賀美さんのインスタに頻繁に登場するのが、メルカリで買った商品の写真。メルカリをネットサーフィンの感覚で回遊することも日課である。

「今は河童に興味があるから、まずは検索窓に『河童』って入れて商品をザッピング。でもそれだけだと良いのに当たらないことが多いから『河童 お面』とか、思いついたワードを『河童』の後にどんどん入れていくんです。例えるなら釣りですかね。毎日いろんな魚が入れ代わり立ち代わりでやってきては泳いでいて、全然釣れないときもあれば、入れ食い状態のこともある」

初めて買ったものは、のりピーのステーショナリーだそうだ。

「のりピーの事件があったとき、グッズを探していたら、めちゃくちゃ出品されていて(笑)。こっちのセンス次第で思いもよらない出合いがあるのも、釣りと近いのかな」

買うだけじゃなく、見て楽しめることも加賀美さんがメルカリを飽きずに続けている理由の一つ。

「写真が統一されてないのが面白いんです。綺麗にブツ撮りする人もいれば、ブレまくってる人もいて。説明文に『画面をご確認ください』って書いてあるのに、アップしてる3枚ともブレブレ(笑)。ジャケットをハンガーにかけてるんだけど、その後ろにもたくさん服があってどれが出品物かよく分からないもの。大きいぬいぐるみの首が折れて、死んでいるように見えるもの。昔のアイドルのポスターの折りじわがひどくて、顔が歪んでるように見えるもの。挙げたらキリがないですね(笑)。メルカリには狙ってない面白さが溢れているんです」

動画は落語と野球をひたすらリピート。
サブスクは使わず、音楽はiTunesで買う派

お気に入りのコンテンツプラットフォームはYouTube。青春時代に触れた映像がアーカイブされていて、何十回と繰り返し見る動画もあるという。

「近頃よく見ているのは『フルタの方程式』。ヤクルトスワローズの名キャッチャーだった古田敦也さんのチャンネルです。僕はむかし野球少年で、中日ドラゴンズの元監督の落合博満さんが好きだったんですよ。彼のホームラン集や出演していたテレビ番組でアップされているものはほとんど見ましたね。『フルタの方程式』には落合さんのバット持ちをしていた長嶋一茂がゲストで出ていて、現役時代にすぐそばにいた人しか知らないエピソードを語っているのがいい。その動画は20回くらいリピートしました。あとは落語。立川談志の口演やテレビ番組も大好きです」

音楽はアプリでかけることが多いそう。ジャズチャンネルの「Jazz Groove」と、イギリスの「NTS Radio」がお気に入りだという。ちなみに、今や当たり前になったサブスクアプリは加賀美さんのスマホには入っていない。

「気になった曲はiTunes Storeで買って、ライブラリーに入れています。アプリで聴いたもの、テレビCMのBGM、J-WAVEで流れていた曲。友達にびっくりされましたよ。『加賀美さん、それSpotifyで聴けるよ』って(笑)。でもなぜか、そそられないんですよねえ」

基本はアナログ、スマホはおもちゃ?

「というか、僕、アナログなんですよ」

聞けば、スケジュールは紙の手帳で管理し、打ち合わせにはノートとペンを持って参加。スマホでメモを取ったり、スケジュールをつけたりしたことはこれまでないという。理由は至ってシンプル、壊れたら怖いから。

メールやLINEなど連絡手段は日常的に使うものの、なくなったら……と考えて不安になるようなものはスマホに入れておかないそう。音楽をサブスクにせず、気に入った音楽は買ってアーカイブしておきたいということも同じ感覚だろう。

つまるところ、加賀美さんにとってのスマホとは、仕事道具というよりは子供にとってのおもちゃであり、画家にとってのキャンバスのような存在なのかもしれない。なかでもインスタは、加賀美さんが“今この瞬間”に閃いたアイデアに触れられる、超贅沢な作品集なのである。