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世界を描き、世界を変える。フィクションの力に耽溺する『Ultimate Edition』

ロシア情勢、ポケモンGO、国家元首にジャニーズアイドルまで、世界の実像を活写し続ける、作家・阿部和重の最新にして究極を読む。

photo: Tomo Ishiwatari / text & edit: Hikari Torisawa

デビュー作『アメリカの夜』からもうすぐ30年、ひとつ前の短編集『Deluxe Edition』から約10年。「究極」や「最後の」と日本語訳をあてられもする、作家・阿部和重の「Ultimate」を詰め込んだ短編集『Ultimate Edition』が完成した。金色の凹凸を指先に感じながらページをめくれば、PLAYLISTにはCANにボブ・ディラン、マイルス・デイヴィス、ピンク・フロイド、Yes、プリンス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンなどのアーティストや、数え歌、映画の主題歌など16のタイトルが整列している。

冒頭に置かれた「Hunters And Collecters」と2話目の「Аноун」から、舞台はロシアへ飛び、きな臭い空気に拡張現実が入り込んで空間を歪につなげていく。「Green Haze」では引用の妙技に目をみはり、「Drugs And Poison」「Watchword」や「Neon Angels On The Road To Ruin」では、手足を拘束された男たちのフル稼働した脳みそが繰り出す思弁の波間を泳ぎまわることになる。

ロシア情勢が描かれ、詐欺の受け子もイーロン・マスクも登場し、ジャニーズアイドルが活躍して、現在と未来のテクノロジーが現実を拡張させ歪めもする。空爆の地響きが伝えられ、戦地となったシリアが訪ねられ、COVID-19のニュースが流される。北朝鮮の独裁者もテロを企む若者も、寄るべない心の揺れと孤独の苦しみを曝け出す。国際情勢を注視し凝視し記録し続ける作家の手が、現実の事象をストーリーに骨子に据えて、世界と読み手を結びつける。

Ultimate Edition

陰謀論が蠢くこの世界で、読み手が信じるべきものはなんだろうか。短編集最後の2編「Neon Angels On The Road To Ruin」と「There’s A Riot Goin’ On」の舞台は現代日本の東京郊外と神奈川だ。いつの間にやら「ふつう」に手が届かなくなった中年男と、社会の片隅で息を殺すようにして暮らす10代のフリーター。作家が繰り返し書いてきた「人生に生きづまり、なんらかの逸脱した行動によって一発逆転を狙うという発想を持ってしまう人物」たちが、絶望的な状況で見つける小さな光が、小説の枠組みを超え出て読み手の現実をふいに照らす。フィクションの、究極の力に痺れ、笑い、震えて涙する。