夢と現実、此岸と彼岸の境界線を溶かし、
現実感覚を揺るがすほど恐ろしいから
僕はバックパッカーなので、旅をするならハワイよりインドを選びます。少々怖い思いをしてでも、何かが得られる体験がしたい。その点、『雨月物語』はインド旅以上のインパクトがあります。初めて観たのは14歳の時。その幽玄的な恐ろしさは、悪夢を見せられているかのようでした。
さっきまでイチャついていた女性が、実は幽霊だったと知り、饗宴が一気に悪夢に転換する。奇妙ながらもリアリティがある展開に、映画の世界が現実に溶け出して、自分の生きる世界も実は虚構なのでは……と思えてくる。現実感覚を狂わす世界観に、一度観て、もうこりごりだと思ったことを覚えています(苦笑)。
でも、時間が経つと怖いもの見たさでまた手を出してしまうんですよね。溝口健二は「夢とうつつ」や「此岸と彼岸」の境界線が溶けるさまを撮り続けた監督で、いつの間にか現実と幻が溶け合ったように見せる宮川一夫の長回し撮影の技術も見事です。
僕が原作小説を書き、監督した『百花』では、現実と記憶が混ざり合う認知症の感覚を映像化しましたが、本作や『山椒大夫』など、溝口作品の影響をかなり受けています。怖いけれども美しい。目を逸らしたいのに観てしまう。相反するものが重なり合う、天気雨のような芸術にいつも惹かれる。『雨月物語』はその頂点です。
