アメリカのロックバンド、ソニック・ユースのアルバム『Daydream Nation』のジャケットに「ロウソク」が描かれたゲルハルト・リヒターの作品が使われています。その絵画がメインビジュアルの展覧会『ゲルハルト・リヒター 絵画の彼方へ』を観るために訪れたのが〈DIC川村記念美術館〉とのはじめまして、だったと思います。
2005年、大学生の僕はリヒターの作品を熱心に追いかけて、〈金沢21世紀美術館〉での展示を観られなかった悔しさを抱えながらも〈WAKO WORKS OF ART〉で新作展を観て準備万端整えて、美術館に向かったことを覚えています。
東京都内から千葉県佐倉市へ約1時間のショート・トリップ。到着したら、そこには緑豊かな自然環境がありました。樹々には虫が生き、鳥たちの声が僕を歓迎してくれました。大きな庭園があり、フランク・ステラやヘンリー・ムーアなどの屋外彫刻を巡りながら散歩をしました。歩いていると徐々に、自分や芸術作品だってこの地球の自然の一部なんだ、と気づかせてくれる。都心の時間の流れとの違いを感じさせてくれる。現代絵画の巨匠の回顧展を観るんだ!と意気込み、頭をいっぱいにしていた自分にとっては、不意をつかれるような体験でした。
この体験がアイデアとなって、2013年にワークショップ『「夏の作曲会」森の音楽と美術館の音楽をつくろう』を行いました。研究者の菅俊一さんと20名の子供たちと共に自然の中を探索しながら気になるオブジェクトを探し、それらを用いて、自分だけの楽譜を作ります。それを使ってタンバリン、鍵盤ハーモニカ、チェロ、太鼓など、様々な楽器を屋外に持ち出しセッション演奏をしました。「自然」というモチーフを使って作品創作する試みは、川村記念美術館だからこそ出来ることです。
白鳥が水浴びをする池の辺(ほと)りに美術館は佇んでいます。美術館の中に入ると天井が高いエントランスホール、落ち着いた光の中で鮮やかなステンドガラスが印象的。屋外の自然で壮大な広がりを感じた後、はじめて空間を意識するような導入になっています。海外の美術館で20世紀欧米美術のアーティストたちの歴史的作品を観るたび「あ、これは前に川村記念で観た作家の作品だな」と、「コレクションで知らず知らずに本物の作品を観ていたんだな」と感じることが多いです。
ロスコ・ルームも同様です。ロンドンの〈テート・モダン〉やワシントンD.C.にある〈フィリップス・コレクション〉のロスコ・ルームやテキサスのロスコ・チャペルでの鑑賞体験ももちろん素晴らしいですが、川村記念のロスコ・ルームは絵画に包まれる親密さが違います。単純にこんなに近くで絵画に囲まれる体験も珍しいですし、じっくりと自分の精神を落ち着かせながら、ロスコの精神と対峙することが出来る貴重な空間です。
2019年、当時学芸課長をされていた光田由里さんからのお誘いでミュージアム・コンサート『TOUCH』を開催しました。秋の夜の美術館、会場は抽象表現主義以降の戦後アメリカ美術の作家たちによる大きな作品が並ぶ大空間。「音を出す」という行為は、その建築と空間とオーディエンスと共振することです。音を媒介にして、作品に、空間に触れていくこと。音を出せば、空間から答えが返ってきます。2時間ほどのサウンド・パフォーマンスを終えた会場で、ひとり作品を観ていると、ふと「美術館も生きているんだな」と感じました。
