「カラシソバ」は京都の“鳳舞系”の店にしか見られない麺料理だ。鳳舞(ほうまい)系とは、かつて京都にあった広東料理店〈鳳舞〉に縁を持つ弟子たちの店のこと。
大正時代半ばに京都に来た広東地方出身の中国人、高華吉(こうかきち)さんが昭和42(1967)年に開いた〈鳳舞〉は、彼が京都の人々の好みに合わせて編み出した、薄味でだしを利かせた独特のメニューで有名だった。店なき今もその味を求め、弟子たちの店へ通う地元民が後を絶たない。
その高さんが考案したといわれるカラシソバも、やはり独特。ゆでた中華麺をカラシ醤油で和え、その上に鶏ガラと昆布でとったスープのあんをかけるというもので、あんには小エビにカシワ、青ネギにシイタケ、そしてレタスがたっぷり入っている。麺を和えるカラシが水や湯ではなく、京都の地酢で溶かれているのも特徴だ。
また、店の品書きには「撈麺」と書かれていて、その横には「エビカシワソバ」とふりがな(?)までついているのに、誰もが「カラシソバちょうだい」と注文しているのも摩訶不思議。ともあれ、甘く爽やかな酢の酸味とカラシの香り、鶏ガラ昆布スープの旨味が麺に絡んで、中毒性を感じる味わいなのである。
今回は、カラシソバで評判の5軒の店を紹介しつつ、京都の人々の深すぎるカラシソバ愛を伝えてみよう。
鳳舞楼(新町中立売)
カラシソバ初心者なら、まずはここから
まずは「これぞ鳳舞系」という一軒から。〈鳳舞楼〉は2015年12月に開店したばかりのニューフェイスながら、最もオーソドックスなカラシソバを出す店だ。店主は、〈鳳舞〉で麺作りを担当していた相場哲夫さん。
〈鳳舞〉譲りの自家製麺を、懐かしい飛雲紋の皿に盛り付けたカラシソバがいただけるのは、現在ここだけだ。打ってから数日寝かせてコシを出す縮れ麺は、極細なのにぷりっとした歯切れが心地よく、軽く火を通したレタスのしんなり感とも相性抜群。相場さんいわく、〈鳳舞〉の料理に使う葉野菜はレタスのみで、白菜やキャベツは一切使わなかったそうだ。
「だからうちも八宝菜は白菜を使わずレタスで作ります。濃い味つけの中華なら白菜やキャベツが合うでしょうけど、鳳舞の淡い味つけにはレタスがちょうどよかったんでしょう」
龍鳳(新京極)
濃厚だけどクドくない、繁華街の垢抜けた味わい
そんな薄味の鳳舞系の中で比較的濃厚なカラシソバを出すのは〈龍鳳〉。といっても味つけが濃いのではなく、鶏ガラ昆布スープの旨味を強く感じさせる店だ。店主の寺田育弘(やすひろ)さんは、高さんが昭和26(1951)年頃に開店した点心と広東料理の店〈第一樓〉や、〈鳳舞〉で腕を振るった料理人。カラシソバはその〈第一樓〉の麺メニューの一つとして考案されたそうだ。
「カラシソバはコースの〆によう出してたんです。スープ麺より運びやすいから僕らも重宝してね。第一樓は手頃な値段の店やったけど、ええ材料を惜しみなく使てました。タケノコの季節になったら水煮から生に替えたり、マツタケの季節になったらシイタケの代わりに使(つこ)たりね」
その季節には、なんとカラシソバにもマツタケが入っていたそうだ。
平安(祇園)
具材も、スープも、ちょっとずつ祇園味
同じく〈第一樓〉出身で、カラシソバをこよなく愛するのは〈平安〉の元木登さんだ。「ただのカラシソバではおもろない」と、カラシの量を学校になぞらえて「小・中・高」の3段階から選べるように設定した。
「これはカラシの香りを食べる料理なんです。お好きな方は大学生!とか社会人!とか言うてきはります」と、カラシの話題になると顔をほころばせる。そんな元木さんが作る夏の冷麺(いわゆる冷やし中華)はカラシソバに並ぶ名物だが、「中国には冷麺がないから暑い時でもカラシでさっぱり食べられる麺を高さんが考えたのでは」と推理する。
鳳泉(河原町二条)
淡い色合いと味つけは、白ご飯にも似合います
カラシの量を自由に注文できるのは〈鳳泉〉。週5ペースでカラシソバを食べに来るマニアもいる一方、「カラシ抜きのカラシソバを頼む方も」と〈鳳舞〉出身の福田功雄(いさお)さんと三野(みつの)真人さん。カラシソバへの深い愛は、時に人を理解不能な行動に走らせるのか。
京都中華 ハマムラ(京都府庁前)
白菜入りあん×蒸し麺が新鮮な、私淑系カラシソバ
「確かに、味つけした麺にあんをかけるってちょっとヘンな料理ですよ。旨いですけどね」と笑うのは〈京都中華 ハマムラ〉の濱村吉行さんだ。鳳舞系とは少し流れを異にする店だが、濱村さんがかつて〈鳳舞〉で食べつけた味を記憶で再現し、新しいカラシソバを作ってしまった。いわば私淑系カラシソバの誕生である。
鳳舞系のカラシソバから京都のカラシソバへと飛躍する日は近い。来れ、カラシソバの新風。まずはマツタケ入りカラシソバを切望します!