鎌倉駅から小町通りを進み、少し賑わいが落ち着いたあたりで路地を右にスッと入ったところ。瀟洒な邸宅の一角に〈柿乃葉〉はある。ここは週末営業、しかしそれすら定まらない、ちょっと変わったお店だ。しかし決して不親切なわけではなく、むしろ丁寧に、実直に、メッセージを発し続けている。店主の柿本陽平さんがひとりで切り盛りするがゆえ、やむを得ずである。
店内に入るとラックに洋服が少々。聞けば店を開けるごとに、必ず新しい提案の商品を紹介する。休みの帳尻合わせで提案が複数になることもあるが、基本は1型のみ。むしろ、新しい商品が入荷されなければ店はお休みだ。オリジナルやブランドとの協業で作られた特別な一着など、1年が52週とすれば、52型。それ以上は作らない。
柿本さんのキャリアの始まりは、21歳のとき。都内のセレクトショップでプレス業務に就いていたが、時代は大手セレクトショップが、こぞってオリジナル商品作りに軸足を移し始めた頃だった。ただただ消費されていくものではなく、心動かされる、作り手の思いが伝わる商品を扱いたいと思いが募った。
その後、30歳で独立すると、企業と組みディレクターとして南青山にセレクトショップを立ち上げ、軌道に乗せる。「でも、ある程度の規模で商売をやっていると、“良いものと並行して売れるものを”という売り上げを意識した商品構成から逃れられないんですよね。いっそファッションの商業圏ではない場所で、自分が本当に良いと思った、自分が着たい服だけを、自分のペースで売りたいと思ったんです」。38歳で自分の店を持つことを決断した柿本さんは動いた。
サーフィンが好きで何度も訪れた鎌倉。偶然が重なり出会った物件は、著名カメラマンが営むギャラリー横の喫茶スペース。ようやく手に入れた理想の空間では、マーケティングは一切しない。お客さんに媚びない。自分で着たいものを仕入れるか、逆になければ作る。
「母親が、過去に肥後象嵌の伝統工芸士をやっていて、今でも自宅で常に物作りをしているんです。自然と影響を受けていたのかもしれません。手工芸やアルチザン的なものが気になるんです。デザイナーとモノ作りするときは、コンセプトから徹底的に話し込む。だから初めましてのデザイナーとはいきなり仕事をしないんです。お客さんに紹介する立場の自分が100点のモノ作りをしないと、熱量がお客さんに届かないと思うんです」
ECでも販売はしているけど、常にお店に足を運んでくれたお客さんを最優先で店を運営している。噂が噂を呼び、今では毎週足を運んでくれる顧客も増え、開店時間にお客さんが列をなすという。熱狂的なファンに支えられ、仕入れた服もほぼ消化しているという。
〈柿乃葉〉のホームページには「手記」というブログのようなお知らせのページがある。「最近、子どもとの時間が取れていないから」「良いものが入荷しないので」「売れてしまったので」といった理由とともに店をお休みすると書いてあったりする。自然体で赤裸々な商い。
もちろん、「手記」には洋服に対する熱い思いがアイテムごとに饒舌に語られている。デザイナーとの出会いや、なぜこのアイテムを作るに至ったかの理由。どうやって着こなしたいかの実例など、接客以上の内容が盛り込まれていて、顧客を惹きつける理由が見てとれる。
「自分自身が買い物に行きたいお店を思い描いたらこうなったんです。9月12日で2年目になります。常に物件は探していて、ここに出逢ったときのようにワクワクする空間が見つかれば、もう1店舗つくることがあるかもしれません。商品だけでなく、店が存在する周辺の環境や空間力、そして店主が何を伝えたいかが1番大事。ウェブも不可欠ではありますが、実店舗を持つ以上は、不便でも行ってみたい、行ってよかったという店を追求していきたいと思っています」。