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町田康『家事にかまけて』第8回:部屋の模様替え

作家・町田康が綴る家事、則ち家の中の細々した、炊事や洗濯、清掃といったようなこと。

illustration: Machiko Kaede / text: Kou Machida

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いつの頃からか、そのようにすると、賢そうに見える、年収が高そうに見える、生々しさが減って心理的負担が減る等の理由から、なんでもかんでも英語で言い習わすようになり、それは身の回り、日常生活で使用する物にも及び、例えば従前は、毛布、と謂った物はブランケット、となり、間仕切り、と謂った物はパーテーション、となり、薬罐、と謂った物はケトルとなった。成り果てた。

しかしそんな風潮の中、頑固に頑張っている物もあって、そもそも舶載のものであるスマートホンを未だに、携帯、と呼ぶ人は多いし、冷蔵庫をrefrigeratorと呼ぶ人は少ない。

洗面器を風呂桶と呼ぶ人はあまりいないかも知れないが、ウォッシュボウルと謂うのはインテリア雑貨屋の店員とかそんな人に限られるように思う。

扇風機は扇風機だし、炊飯器は炊飯器。意外に頑張っているのは、万年筆、である。

しかしマア、時代が進めばこうした物もいずれ横文字に置き換わっていくのだろう。ならば、頑固に前の言い方に固執するのではなく、時代に付いて行けないクズ年寄りと嘲られ、屈辱に塗れて死んでいく前、まだ多少なりとも頭の柔らかいうちに率先して、なんでもかんでも英語で言う、くらいにしておいて恰度よいのかも知れない。

そういう意味合いに於いて、自分が最近、やっている事を英語に置き換えるとなんと謂うのであろうか。パターンチェンジ?多分違う。

というのはおいおい調べるとして、最近、俺は狂ったように部屋の模様替えをしている。その様は自分でも呆れる程で、だから、狂ったように、と表現したのだが、実際に狂っているわけではない。本当に狂っていたら、床の間に生肉を飾ったり、外壁にコート類をぶら下げたり、階段に寝台を置いたりするのだけども、そういう芸術みたいなことはせず、合目的的なことをやっている。

ただその追求があまりにも急で、二六時中、家具の配置を換えたり、静かに座って仕事をしていたかと思ったら急に立ち上がってあちこちの寸法を測ったり、深夜、ムクと起きてオークションサイトを渉猟するなどしているので、傍から見ると気がおかしい人に見えるだろうと思うのである。

町田康『家事にかまけて』部屋の模様替えのイラスト

しかし物事にはなんでも切っ掛けというものがある。俺とてなんの理由もなく、突然、こうなった訳ではなく、こうなったにはこうなった切っ掛けがある。しかもそれは、ふと思ったに過ぎない些細なことで、ある日、ふと仕事の手を止めた俺は、いろんな本や資料が無秩序に並び、そればかりかその手前に、カメラ、十手、変な人形、ライター、手拭い、画鋲、スナップ写真、イヤホンといった雑多な品々が雑然と置かれてある本棚を眺め、「整理をしたいなあ」と思った。思ってしまったのである。

その時、仕事は困難な局面に差し掛かっていた。あるところで渋滞して先に進まず、そこでなんとか局面を打開しようとして、様々に思案するのだが、雑念が雲の如くに湧いて佳い思案が浮かばない。

そんな時、いつも俺が頼るのは。そう、家事労働である。棒読みで、

「あー、こんなに家が散らかってちゃ、仕事もなにもできやしねー」

と言い、そそくさ立ち上がって、そこいらを片付けに掛かる。

だからこの時も、

「あー、こんなに本棚が雑然としていたんじゃ仕事もナニもあったもんじゃねぇよ。第一、必要な資料がスッと出てこねぇじゃん。前に変な土偶とか置いてあるし」

と言って本棚の整理に取り掛かりたかった。だけど我慢した。なぜか。

と言うのはそりゃそうだ、十年以上、放置した本棚のムチャクチャぶりは凄まじく、『ハローキティ徹底ガイドブック』の隣に『研究史 部民制』があり、『コンゴ独立史』の隣に『あさきゆめみし』、その隣には『「生ゴミ堆肥」ですてきに土づくり』その隣に『こじき大百科』といった為体で、あらゆる分野の本がぐしゃぐしゃにミックスされてしまっており、一寸した掃除くらいなら一時間かそこらで済むが、こんなものに手を付けてしまったら、とても仕事どころではなくなってしまう。

実は一年ほど前、これをなんとかしようと思ったことがある。その時は約一か月、仕事部屋にある本棚と居間にある本棚、そして二階にある本棚を行ったり来たりして、なんとか形を付けようとした。でどうなったか。

結論から言うとダメやった。なぜかと言うと、理由はいくつかあるのだが、根本的な理由として、所蔵している本の数に比して、本棚のスペースが足りておらないというのがある。どうしたって溢れる本が出てくるし、合理的に収納しようとすると使い勝手が悪くなり、利便性を重視すれば、収納性が悪くなる。

どういう事かと言うと、例えば文庫本は文庫本ラックのような棚にまとめて収め、その他と一緒に置かない方が空間を有効に使うことができる。だが、利便性を考えれば作者ごと、分野ごとに収納した方が必要になった際、本を探しやすい。だが、そうするとサイズがバラバラなものを一箇所に集めることになり、そうすると当然、大きな箱入りの全集の隣に、小さな文庫本が並ぶことになり、上部に空いた空間が生じ、きわめて効率が悪くなるのである。

ならば本棚を増やせば良いてなものだが、それができないのは今、置ける場所には既に家具が置いてあって新たに本棚を置く場所は一寸だってありゃあせんからである。

つまりこれをなんとかしようと思ったら大規模な家具の配置換え則ちパターンチェンジが必要でそんなことをやっていたら仕事ができなくなり、そうすると収入がなくなり、餓えて死ぬからである。

だからそんなことは考えず、困難な仕事に立ち向かおう。それが唯一の生き延びる方策だ。

俺はそう考えて本棚から目を逸らし、抽斗を開けた。眼鏡のレンズが汚れていたので拭こうと思ったのだ。然うしたところ、そこにあるはずの眼鏡拭きのクロスがなく、その代わりと言う訳ではないのだろうが、黒い巻き尺が目に入った。カーペット会社に勤めていた亡父の形見の巻き尺である。

五分後。俺は巻き尺を手に家の彼方此方の寸法を測っていた。

そして今現在、俺は大叫喚地獄と化した家で狂ったようにパターンチェンジを続けている。やればやるほど混乱していく。早咲きの桜の蕾が梅より先に綻び始めている。おほほ。おほほ。クルクル、ぽっぽ。

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