Talk

Talk

語る

恐怖と笑いの接点とは? お笑い芸人怪談師・伊山亮吉の話芸

笑いを追求する一方で恐怖にも魅了されている芸人は意外と多い。現在は主に怪談師として活躍する伊山亮吉もその一人。笑いと恐怖の共通点と相違点について彼に語ってもらった。

photo: Junmaru Sayama / text: Tetsu Takasuka

怪談師のルーツとなった2つの体験

僕が怪談を語るようになった背景には、幼少期の2つの体験があります。

1つは小学生の頃、父、母、兄と同じ部屋で寝ていた時のこと。僕は寝つきが悪くていつも最後まで起きていたんですが、ある時、ふと母の方を見ると、母が幽体離脱のように寝ている身体から抜け出して立っていたんです。黒い着物を着ていて顔は見えません。でも母の姿なんです。怖くて何度も目をつぶったり、布団をかぶったりをして見直したけど確かに母が立っている。それがいきなりフッと消えた。

僕は魂が抜けて死んでしまったんじゃないかと思って、心配になって母を揺り動かしたんです。すると「こんな夜中に何?」と起きて答えてくれました。僕はひと安心して「良かった…」とつぶやいて寝たのですが、翌朝、母から「昨晩の“良かった…”ってどういう意味だったの?」と聞かれた。それで、あらためて夢じゃなかったんだと思ったんです。今でも何を見たのかわかりません。

もう1つが父方の曽祖母が入院していた時の体験です。曽祖母はすでに危険な状態だったので、家族みんなでお見舞いに行ったんです。病室に着くと意識がなくなっていてショックを受けたのを覚えています。帰りの車では、兄が「辛そうだったね」と言い、母は「まばたきする力もないのかな」と答えるなど、みんな気落ちした雰囲気でした。そんな中、突然、父が「明日には死んでると思うよ」と不謹慎なことを口走ったんです。家族みんな何でそんなことを言うんだろうと驚いていました。しかし、翌日、本当に曽祖母は亡くなってしまったんです。

葬儀の時、僕はその言葉がどうしても気になって、父に「何であんなことを言ったの?」と聞いてみた。すると父は、「そんなことを言うわけないだろう! 俺の婆ちゃんだぞ!」と激怒したんです。家族もその言葉を聞いたはずだと思って、母と兄にたずねたのですが、二人とも聞いていないという。でも確かに父の声だったんです。

「霊感があってよく幽霊を見る人の話より、霊感はないけど不思議な体験をしたという話ほど共感が得られやすいんです」と伊山さん。

小学生の頃から恐怖体験談を友人に語る

そんな2つの体験があったことで、僕は“この世のものじゃない存在”があると思うようになりました。僕はサンタクロースなんて信じないというひねくれた子供だったんですが、幽霊など不思議なものの存在を否定できなくなってしまったんです。

子供の頃に不思議な体験はしましたが、ちゃんとこれは幽霊だというものは見たことがありません。ただ、霊が視えるかどうか別として霊感自体はみんなあると思っています。ある時、僕が勤めている「怪談ライブBarスリラーナイト歌舞伎町店」に来たお客さんから、「みんな幽霊は見えてるんですよ」と言われたことがあります。詳しく話を聞いてみると、「では、今日、帽子をかぶった人と何人すれ違いましたか?」とたずねられた。「覚えていません」と答えると、「そうなんです。目には入っているけど認識していないから記憶にないだけなんです。幽霊も同じですよ」と返された。レトリックかもしれませんが、とても腑に落ちた話でした。

怪談を話すようになったのは小学生の頃からです。家族全員が怪談好きで、夏になると怪談番組は必ずみんなで観ていました。それに影響を受けて、学校に行って、実は僕もこんな怖い経験をしたことがあるんだと友達に体験談を語ったりして。

僕は島田紳助さんがとても好きなんですが、とても自分の中で腑に落ちた紳助さんの話があるんです。紳助さんは、子供の頃、友達と遊んでいたら、ぼちぼち帰ろうかという雰囲気になるのが嫌で、必死で話をして帰るのを食い止めていたそうなんです。僕も同じ感じで怪談を友達に話していたように思います。怪談だったら友達が聞いてくれたので。ただ、僕は人見知りということもあって、相手の顔色をすごく見ながら話してしまう。だから、相手がつまらなそうにしているのがよくわかるんです。そんな感じで怪談を話していたら、徐々に今のような語り口になりました。

お笑い芸人怪談師・伊山亮吉
「スリラーナイト」では、15分間の怪談を1時間に1回披露する。怪談が終わった後のお客さんとのトークは、大事なネタの仕入れの場。

怪談はコニュニケーションの手段

怪談師として活動するようになったきっかけは、先輩芸人のありがとうぁみさんと出会ったことでした。もう10年近く前になりますが、ぁみさんに怪談の持ちネタを話したところ、「面白いね」って言われて、それから怪談イベントに呼んでもらえるようになりました。その頃は、自分の体験談と友人から聞いた話で、30話くらいしかストックがありませんでしたが、「スリラーナイト」にレギュラーで怪談を話すようになってから、持ちネタが一気に増えました。怪談が終わった後に、客席を回ってお客さんと話すのですが、その際に多くの人からいろいろな体験談を聞くことができるんです。

スリラーナイトでは、お客さんの前で怪談を話ますが、一方、YouTubeのチャンネルでは自宅で収録した怪談を配信しています。どちらがやりやすいかというと、圧倒的にお客さんの前で話す方です。カメラ1台を前にして話しても、どうしてもテンポが掴めないし、気持ちが乗ってこない。だから、何度も噛むし、何度も撮り直すことになる。やっぱり怪談も人との対話なんです。僕にとって怪談は人とのコミュニケーションの手段。根本的に人と話すのが楽しいから怪談を続けているようなものです。

お笑い芸人怪談師・伊山亮吉 キツネのネクタイピン
キツネが大好きだという伊山さん。この日は、お稲荷さんのYシャツを着て、キツネをモチーフにした木製のタイピンを付けていた。

怪談とお笑いの違い

僕はお笑い芸人としてデビューしましたが、実際は漫才に対して苦手意識がありました。芸人になって1年目で、漫才で人を笑わせるのって想像以上に難しいんだと気づきました。芸人になる人って大体は学校の人気者だったりするんです。でも、学校で知ってる友達を笑わせるのと知らない人を笑わせるのとでは全然違う。自分の人間性やキャラクターを知ってくれていないと、なかなか笑いに繋がらない。なおかつ漫才は作り話ですから、それを面白く話すにはかなりの話術が必要になる。でも、怪談の場合は違うんです。怪談は体験者が本当に体験した出来事です。そのためかお客さんはみんな最初から最後まで真剣に聞いてくれる。怪談師としても活動するあるベテランのピン芸人の方が「お笑いで15分の尺をもたせるのは怖いが、怪談だと怖くない」と言っていましたが、その気持ちは僕もよくわかります。

僕の感覚ですが、お笑い、音楽、怪談は、どれも人に聴かせるエンターテインメントですが、お客さんの反応はそれぞれ違うように思います。お笑いは初見で最高に盛り上がるのに対して、音楽は何度も聴き慣れた定番曲でこそ盛り上がる。一方、怪談はどっちつかず。初見の人に強烈な印象を与えるし、何度も聞きたくなる話もある。理由はわかりませんが、だからこそ怪談は話しやすいのかもしれませんね。

芸人で怪談師をやっている人は多いですが、その理由はシンプルに話すのが上手いからだと思います。お客さんの反応を見ながら話し方を変えたり、テンポを変えたり、エンタメに落とし込むことができる。そういう意味では、色々な人と会って、人によって話を合わせられる美容師さんなんかは怪談師に向いているかもしれない。髪を切りながら怪談を話す美容院があったら面白いんじゃないでしょうか。

僕は芸人になって11年、怪談師として8年、活動を続けていますが、今では怪談師としての仕事の方が圧倒的に多くなっています。お笑いを頑張れと言ってくれる人もいますが、怪談師としての方がテレビに出られる機会が多いですからね(笑)。今、怪談ブームが盛り上がっていますが、これからももっとエンタメとして浸透して、活躍できる場が広がればいいなと思っています。

お笑い芸人怪談師・伊山亮吉
「お客さんから体験談を聞くときは、聞くことに集中しすぎて顔と名前を覚えられず、後で困ることもよくあります」と伊山さん。