廃校がサイクリング聖地の拠点に。鹿児島〈ユクサおおすみ海の学校〉

鹿児島は桜島を真ん中に見て、西に薩摩半島、東に大隅半島。その大隅半島の中ほど、鹿児島湾に沿った海岸線の高台に、“泊まれる”海の学校がオープンした。地域の小学校から、新たな体験と観光の拠点へ。サイクリストからも熱い眼差しが注がれています。

初出:BRUTUS No.875『みんなで集まる場所のつくり方。居住空間学 再生編』(2018年8月1日発売)

photo: Tetsuya Ito / text: Tami Okano

サイクリング天国、大隅半島の自然をアクティブに楽しむ滞在拠点

児島市街地から車で約1時間半。大隅半島の海岸線を南北に貫く佐多街道のすぐ脇に、〈ユクサおおすみ海の学校〉はある。ユクサは大隅の方言で「ようこそ」の意味。2013年に廃校となった菅原小学校の建物をリノベーションし、体験滞在型宿泊施設としてオープンした。

鹿児島〈ユクサおおすみ海の学校〉外観
〈ユクサおおすみ海の学校〉を離れて見ると、その海への近さと校舎からの見晴らしの良さが一目でわかる。近くには、大隅半島きっての景勝地、菅原神社(通常・荒平天神)もある。

運営は、数多くのリノベーション事業を手がけてきた〈ブルースタジオ〉と、地域振興に力を注いできた〈大隅家守舎〉による協働・運営会社、カタスッデが行っている。訪れて驚くのはとにかくそのロケーションの素晴らしさだ。2階の窓からは穏やかな鹿児島湾を見渡せ、校庭から直接ビーチに下りることも可能。旧校舎の入口には「日本で一番海に近い小学校」の看板も残る。

「まあ、本当に日本で一番だったかは定かではないのですが(笑)、抜群の立地は最大の強み」と、カタスッデの代表、川畠康文さんは言う。体験滞在型“宿泊施設”と銘打つように、ユクサ内には、食堂やチョコレート工場などのほか、個室2部屋にドミトリー、合宿向けの大部屋という「泊まれる」スペースが最大116名分確保されている。

「でも僕らはここをリゾートホテルにしたいとは思ってなくて、主役はあくまでも大隅の自然と文化。ここを拠点に地域全体を盛り上げたい」

そのカギとなるものの筆頭が、自転車だ。実は、ユクサ周辺は日本有数のサイクリングコース。本土最南端、佐多岬へと続く佐多街道は信号の少ない絶景ロードとして知られ、南東部の国道では雄大な太平洋を眺めながら走ることもできる。

日本で唯一の国立の体育大学、鹿屋体育大学の自転車競技部、黒川剛監督も「大隅ほどサイクリングに適した場所はない。海沿いだけではなく、山のコースもあり、ぜひその魅力を知ってほしい」と力強く語る。施設内には自転車専門店〈ファンライド〉があり、本格的なロードバイクのレンタルも行っている。

「今後は地域の人たちを先生に迎え、一次産業の学習・体験プログラムも充実させていきたい」と川畠さん。川畠さんは地元出身で16年前に帰郷、建築家として町おこしのイベントも手がけてきた。ユクサに関わる人たちの多くが、鹿屋にゆかりのある人だというのも特徴で、チョコレート工場の工場長も地元生まれのUターン組。

ユクサのマネージャーであり、スタンドアップパドルのインストラクターを務める繁昌孝充さんは祖父母の家が鹿屋。神奈川県から移住後、市の「地域おこし協力隊」も経験した。鹿屋の、そして大隅の魅力を熟知し、来訪者を迎える新しいコミュニティが、生まれ変わった「海の学校」でゆっくりと動きだしている。

鹿児島県鹿屋市の佐多街道
信号も交通量も少ない佐多街道/海岸線沿いの佐多街道をロードバイクで疾走。この気持ちよさは体験してこそ。自転車を目的にした旅もいい。半島1周なら約100kmだ。