デンマーク最古の
家具工房の椅子作り。
後に「デンマーク近代家具デザインの父」と呼ばれることになるコーア・クリントは、まだ20代半ばであった1914年に、師であるカール・ピーターセンと共に、フォーボー市に新しくできる美術館の設計に携わり、その美術館のために一脚の椅子をデザインした。
美術品が飾られる空間にふさわしい優雅なプロポーション、正面に掲げられた絵画をゆっくり鑑賞するための美しい肘掛け。納品された椅子は、床のモザイク模様が見えるようにシートも籐で編まれていたという。
この椅子はその後、彼にとって最初に製品化された椅子となる。それがこの《フォーボーチェア》だ。
コペンハーゲンの駅から車で10分ほど北へ行った移民街、ノアブロ地区にその家具工房はある。下町風情が残る通りに面して、若者向けの衣料品店とレストランにはさまれた間口の狭い入口がある。
ドアの横にはショーウィンドウがあり、箱に入った木材とモーエンス・コッホのフォールディングチェアが飾られている。
ドアを押して中に入ると短い廊下があって、中庭へと抜ける。庭を取り囲む、ツタの絡まったコの字形・レンガ造りの4階建てを見上げる。右手には「RUD. RASMUSSENS SNEDKERIER」と書かれた看板を掲げる玄関が見えた。
〈ルド・ラスムッセン〉は1869年に創業した家具工房で、19世紀は他の工房と同様に、警察署や郵便局、官公庁などの公共施設の家具、個人からの注文家具を作っていた。コーア・クリントと家具を作り始めたのは1924年から。
ほかにも彼の教え子であるモーエンス・コッホ、ポール・ケアホルムなど、デンマーク近代家具の歴史における初期の名作をコペンハーゲンの街中で作り続けている。
デンマーク生まれの椅子を
デンマークで作ること。
玄関前の看板に描かれた「SNEDKERIER(スネーカリアー)」とは家具工房を意味し、木工職人の棟梁のことはスネーカーマスターと呼ぶ。4階建てのコの字形の建物は片側が事務所で、向かい側が工房になっている。
椅子作りは分業で行われており、工程ごとにそれぞれ専門の職人がいる。各フロアは大まかに「貯蔵庫」「切り出し」「組み立て」「仕上げ」に分かれ、工程の多くは機械で行われているが、使われている機械はかなり古い。
最盛期はここで50人近くの職人が働いていたが、今はその半分ほどの人数だ。
デンマークで木工職人になるには“テクニクススコーレ”と呼ばれる技術専門学校に通いながら、工房で丁稚奉公するのが一般的だそうだが、見習いが仕事をさせてもらえる木工所がないのが問題となっている。
コペンハーゲンでは5軒しか木工所が残っておらず、そのうち家具製作をしているのは〈ルド・ラスムッセン〉だけだ。その一方で家具職人を目指す人は増えており、毎日のように応募が来るので、狭き門となっているそうだ。
フォーボーチェアの仕上げの工程は、籐をフレームに編み込む作業だが、ベテラン職人のマーチンは、〈ルド・ラスムッセン〉で働いていた父親からその仕事を教わったそうだ。
「ルーティンワークだから、もう面白いとか面白くないじゃない(笑)。
ただ、手を動かす仕事というのは楽しいよ」。籐を編む仕事はバスケットメーカーと呼ばれ木工職人とは区別され、デンマークでは3人しかいないそうだ。窓からの日差しを背中に受けながら黙々と椅子を編んでいく。
デンマーク生まれの家具をデンマークで作るのは言葉にすると当たり前だが、今の時代、難しいことだ。フォーボーチェアは今年100歳の誕生日を迎えた。モダンファーニチャーの名作を例に、一脚の椅子ができるまでを紹介しよう。
デンマーク家具の最高峰、
フォーボーチェアの作り方。
工房は1階から4階まであり、階層ごとにおおまかに工程が分かれている。1階にある「貯蔵庫」から始まり4階の「仕上げ」まで、1枚の板材が美しい椅子になっていく姿を、順を追って見ていこう。
1F:貯蔵庫
世界中から最高の木材を、
乾燥させて貯蔵する。
丸太は切った状態で工房に運び込まれる。ここで水分を9%まで乾燥させる。
2012年から貯蔵されているアフリカのサペリマホガニー(写真1枚目)。これ1本で約50脚のフォーボーチェアが作れる。樹種によっては立てて貯蔵した方が色が良くなるものがあるそうだ。
一枚板からいくつパーツを
取るかが腕の見せどころ。
椅子のパーツごとに、型枠を使って木材に線を引いていく。
仕上がりが美しくなるように木目を考えながら、無駄のないように「木取り」していく。写真は100周年モデルのためのニレ材。中庭に生えていた樹齢100年の木を切ったそう。節目を活かした仕上がりになる。
2F:切り出し
電動ノコギリを使い、
パーツを切り出していく。
線を引かれた板材は2階へ運ばれて裁断される。まずは大きく、徐々に細かく切っていく。
ミケールは13年もこの作業を任されているベテラン。ノコギリに向かい迷いなく高級材を運ぶ繊細な手つきと度胸。コツは「描かれた線を忠実になぞること。指を切らないこと」。
巨大な箱型のマシンで
切断面を整えていく。
小型車ほどの巨大な年代物の箱型マシンはヤスリをかけるためだけのもの。
片側から慎重に脚部を差し込むとベルトコンベアで運ばれていき、箱の中では木屑が舞い上がっているのが見えた。反対側から恭しく出てくる頃には、切断面はすっかり綺麗に仕上がっている。
3F:組み立て
各パーツを電動ヤスリで
「面取り」していく。
パーツの角を取る「面取り」の作業。フォーボーチェアには約60ヵ所、面取りを要する部位がある。
1ヵ所につき10分程度かかるそう。これが終わると仮組みをして各パーツの仕上がりと全体のバランスをチェックする。担当は最近、見習いから職人になったフサイン。
木工ボンドをさして
椅子を組み立てていく。
いよいよ組み立て。フォーボーチェアは15のパーツからなる。まずはボンドがはみ出さないようマスキング。ガタイのいい職人のヤマルでもかなりの力が必要なのがわかる。
力もいるがとても繊細な作業だ。組み立て後にラッカーを吹いて磨く。塗装の作業は3回繰り返す。
4F:仕上げ
一枚革を裁断して縫製、
シートクッションを作る。
コーア・クリントはニガーゴートハイドというアフリカ産の厚いヤギ革を好んで使ったそうだが、今回は牛革で。
ベースは合板とウレタン。木綿で下張りをした後にレザーをかぶせてコンプレッサーで針留めする。ちなみにゴートハイドの場合は手縫いで仕上げるそう。
椅子の周囲に籐を
編んで完成させる。
最後は側面と背面を籐で編む作業。ベテランのマーチンでも1脚を編むのに約10時間から12時間もかかる。
椅子によって籐を通す穴のサイズや向きが微妙に異なる。これを綺麗に丸く編んでいくのが職人の腕の見せどころだ。こうしてデンマーク家具の至宝は完成する。
完成
フォーボーチェアは神宮前にあるカール・ハンセン&サンのフラッグシップストアで見ることができる。