教えてくれた人:メディア文化研究者・金 成玟
ここ20年の韓国社会を見ると、伝統的な結婚観や関係の結び方が明らかに変わっているのがわかります。それは韓国の音楽にも影響を与えている。今回はこの20年で変化してきた恋愛観とK-POPのヒット曲についてお話しします。
2000〜2010年は、20代に結婚をして子供を産んで、というような伝統的な結婚観が崩壊し始めた時代。男性がリードする“ベタな恋愛”にこだわらない人が、増えてきたんですね。女性が好きな人に告白したい気持ちを歌う少女時代の「Gee」はまさにそんな時代を映した曲。その一方でブラウンアイズは「Don't Go, Don't Go」で伝統的な恋愛観の中で込み上げる切ない気持ちを歌い上げていました。
そして2010年代以降は、「結婚を前提にしない恋もアリ」という価値観がより広がっていきます。関係性が曖昧な2人を描いたジョンギゴとソユの曲「SOME」は、そうした要素も踏まえてヒットしたのかもしれません。Zion.Tが「Yanghwa BRDG」で家族に対して綴った等身大の思いはとにかく切実で、家族観の変化も見られます。
また、当時のK-POPシーンはオーディション全盛期でもありました。2011年開催の『スーパースターK3』に参加して準優勝したバスカー・バスカーは「桜エンディング」という曲で、男性目線の純粋な恋を歌いました。加えて、パク・ヒョシンは「Wild Flower」で、失恋後の男性の孤独を歌い、大ヒット。どちらも伝統にとらわれない男性の恋愛観を示しています。
アイドルグループの人気が海を越え、サイが「Gangnam Style」で世界的ヒットを果たし、サムスンの電化製品は爆売れ。そういった社会背景も影響して、個人が自信を抱き始めるようにもなります。要するに結婚や恋愛よりは、自分の生活を大切にする、という価値観が広まった、ということ。その思いは歌声にまで影響しているかもしれません。
これまではバラードといえば、ビブラートをたくさんかけたり、ねっとりと歌い上げるのが特徴でした。しかし、この頃からはもう少し淡泊で軽快に歌うことが当たり前になってくるんです。また、BTSの「Boy With Luv」のように、大きな成功ではなく、日常の中で小さな幸せを確実に見つけていくことの意味を伝える歌詞が増えていきます。こういった考えは、恋愛観にも影響する。結婚や家族といった不透明な将来ではなく、今の自分が関係の中心になっていくんですよね。
とはいえ、世の中というのはアンビバレントなもの。相反するものを求めた結果、レトロブームが起こります。そしてかつて歌われていた純粋な気持ちが逆に新鮮なものとして受け入れられる。IUの「夜の手紙」は、MVから70年代を思わせる仕上がりかつ、純愛を描き人気となりました。
2020年頃には、ジェンダーの葛藤が社会全体のものとして扱われるようになります。そして近代の中で構築されてきた恋愛観が解体、再構築される時代へと突入していく。明らかな恋を歌うより、NewJeansの「Ditto」のように、特定の世界観の中でそれぞれに解釈を委ねる曲が多くなりました。それはアーティストが、自分のファンに向けて曲をリリースするようになった、ということでもあります。例えばTWICEが「Feel Special」で自分を愛することを歌ったように。
発展した韓国社会ではお金があれば何でも手に入りますが、人々の中では本当の幸せとは何なのか、という疑問も浮かんでいるはず。BIBIの「Bam Yang Gang」では「私が欲しいのは小さな栗羊羹(ようかん)だけ」とありますが、これもある一つの社会で求める愛を描いた曲でもあると思います。
また、AKMUは「How can I love the heartbreak, you are the one I love」で形を変えた愛を求めている。日本と同じく韓国の人々も、未来が見えない中でどうやって生きていくべきなのか葛藤を続けています。その中で探していることがきっと、ラブソングにも表れているのではないでしょうか。