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オリヴァー・ストーンに緊張し、大友克洋と策を練る。三宅純の映画音楽

世界で活躍する日本人で、実はもっと世の中に知られるべき人がいる。音楽家・三宅純は、音楽を通してファッション、舞台、映画と多ジャンルの頂点を見た男。その人柄と功績に惚れ込み、伝記的な書籍を上梓するに至った編集者・三浦信が自らの言葉で、三宅の魅力を紐解く。

text: Makoto Miura

今日も三宅純の手元には世界のどこからか新作映画の脚本が届き、どの作品に自分の音楽を提供すべきか吟味しているはずだ。でもその返事をする前に、今は目下制作中であるウクライナ映画のスコアを仕上げなければいけない。それほどに国境を超えてオファーがやまない理由は、彼の音楽が極めて映像を喚起する力に溢れているからだろう。

近年、三宅の映画音楽における評価を決定づけたのは、ヴィム・ヴェンダースが監督し、米アカデミー賞や英国アカデミー賞にノミネートされた『pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』だろう。ヴェンダース監督のお膝元であるドイツ版のローリング・ストーン誌は、2011年3月号で大々的に二人の対談を取り上げた。

パリの自宅で談笑する三宅純とヴィム・ヴェンダース監督。
パリの自宅で談笑する三宅純とヴィム・ヴェンダース監督。

才能が才能を繋ぎ、
三宅の世界は広がる

コンテンポラリー・ダンスの巨星として、歴史にその名を刻んだ故ピナ・バウシュ。20年来親交のあったヴェンダース監督は彼女の類稀なる才能をフィルムに焼き付けるべく奔走していたが、2009年6月30 日、彼女の急逝によってすべての計画は中断された。

打ちひしがれる日々の中で、ピナが率いていたヴッパタール舞踏団のダンサーや世界中から制作再開を切望する声が届く。それに応える形で再びメガホンを手にした彼は、ピナの舞台『フルムーン』(Vollmond)で使用されていた“Lilies of the Valley”をこの映画で使わせてほしいと三宅に打診した。

“Lilies of the Valley”は、本編のみならず予告編でもフィーチャーされ、この映画を象徴する楽曲となり、三宅純の名を一躍世界に広めることになった。

『 pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 』サウンドトラック。
『 pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 』サウンドトラック。

以来交流を深め、芸術について意見を交わす盟友となったヴェンダース監督のことを、三宅は『ピナからの贈り物』と語る。ヴェンダース監督はロサンゼルスで催された『 pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 』のオスカー・パーティーや、彼が名誉金熊賞を受賞したベルリン国際映画祭の授賞式に三宅を招き、後日ヴェンダース夫妻が設立した財団のサウンドロゴの作曲も依頼。まるで“天使”に導かれるように二人は共鳴し合っていく。

尽きることのない、
映画音楽に関する逸話

遡れば1995年。オリヴァー・ストーンは『ナチュラル・ボーン・キラーズ』プロモーションのため来日の折、当時のヘラルド・トリビューン紙に掲載された三宅の記事を見て、彼に連絡を取る。その年に公開完成が予定されていた『ニクソン』の音楽を担当してくれないかと打診したのだ。

1994年9月26日付インターナショナル ヘラルド・トリビューン紙に取り上げられた三宅純。
1994年9月26日付インターナショナル ヘラルド・トリビューン紙に取り上げられた三宅純。

それは、三宅が人生で最も緊張したランチミーティングだったと振り返っている。アメリカの歴史の暗部に触れるような作品を日本人作曲家が担当することに戸惑いを覚え、三宅は巨匠の申し出を辞退する。

それでもオリヴァーの推薦により三宅はハリウッドのクリエイティヴ・アーティスト・エージェンシー(CAA)と作曲家契約を結び、多くのコンペに参加することになる。その中で最も多く競い合ったのはティム・バートン作品の常連、ダニー・エルフマンだった。

翌1996年には漫画界の巨匠、大友克洋が総監督を務めた3部作『MEMORIES』の第2話「STINK BOMB/最臭兵器」のサウンドトラックを担当。お互いマイルス・デイヴィス・ファンである三宅と大友は密かに結託して、エレクトリック・マイルス・サウンドを再構築する。

劇中の毒ガス事件はまるでオウム真理教の松本サリン事件を彷彿させ、『AKIRA』で描かれた東京五輪延期と並び、カルトな予言説が囁かれるが、当事者たちは冷静にこれを否定する。

大友克洋が総監督の「STINK BOMB/最臭兵器」のサウンドトラック。 © 1995 マッシュルーム / メモリーズ製作委員会
大友克洋が総監督の「STINK BOMB/最臭兵器」のサウンドトラック。 © 1995 マッシュルーム / メモリーズ製作委員会

「近年、三宅がサウンドトラックを手がけた映画にはリチャード・ギアが主演を務めた『嘘はフィクサーのはじまり』(2017)をはじめ、『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』『浮世の画家』『人間失格 太宰治と3 人の女たち』(3作とも2019)などがある。

今月末に発売される書籍『MOMENTS / JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』では、三宅の担当した映画作品についても可能な限り言及。ヴィム・ヴェンダース監督、ヨセフ・シダー監督、レジス・ロワンサル監督、大友克洋監督、蜷川実花監督らの証言も掲載している。