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ピナ・バウシュからロバート・ウィルソンまで。三宅純は世界の舞台音楽を手掛ける

世界で活躍する日本人で、実はもっと世の中に知られるべき人がいる。音楽家・三宅純は、音楽を通してファッション、舞台、映画と多ジャンルの頂点を見た男。その人柄と功績に惚れ込み、伝記的な書籍を上梓するに至った編集者・三浦信が自らの言葉で、三宅の魅力を紐解く。

text: Makoto Miura

まだ三宅がパリに拠点を移す前の2003年のある日、アンドレアス・アイゼンシュナイダーから電話を受ける。ピナ・バウシュが率いるタンツテアター(ヴッパタール舞踏団)の音楽監督である。ピナの演目のために、三宅の楽曲『アジサイ(ajisai)』『La Clé』の使用許諾を得ようと連絡してきたのだ。

膨大な数の楽曲を世界中から採集するアンドレアスは、カンパニーのダンサーが持っていた三宅の音に、真っ先に反応した。同時にこれは、三宅純とピナ・バウシュとタンツテアターの濃密な交友録のはじまりでもあった。

ヴィム・ヴェンダース監督『pina / ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』予告編。

「ジュンの優れた点は、曲がもともと自分の作品のためのものであっても、私たちの舞台作品や意図に合わせて対応してくれるところですね」とアンドレアスは語る。

ピナ・バウシュの舞台に
寄り添った、唯一の作曲家

ピナ・バウシュは演目の制作過程において、最初から音楽を設定することは極めて稀である。ダンサーたちは無音の世界でピナの求める表現を、肉体を鼓舞して形あるものにしていく。アンドレアスが用意する数千曲のリストは、演出が固まった段階でようやく数十曲に絞り込まれ、公演間際になってインストール可能な状態となる。しかも実際の公演が開けたとしても千秋楽までに曲が変更されることもざらなのだ。

ピナ・バウシュ サウンドトラック
コンピレーション・アルバム『“Vollmond”(フルムーン)/ピナ・バウシュの劇場から』 フロントカバー

そんな環境下であるからこそ、三宅はピナにとって、またタンツテアターのメンバーにとって特別な存在となっていく。彼女の表現が作品として完成する瞬間に敏速に反応できる、世界で唯一の音楽家であったのだから。

実際ピナが2000年代に発表した『ラフカット』、『フルムーン』(Vollmond)、『バンブー・ブルース』や『スウィート・マンボ』といった代表作に三宅の楽曲は次々と採用され、『フルムーン』(Vollmond)に至ってはヴッパタール舞踏団唯一の公式音源として、三宅監修のもとコンピレーション・アルバムが発表されている。

コンピレーション・アルバム『”Vollmond”(フルムーン)/ピナ・バウシュの劇場から』 バックカバー
コンピレーション・アルバム『“Vollmond”(フルムーン)/ピナ・バウシュの劇場から』 バックカバー

三宅の才能が舞台の世界でも開花した要因は2つあるように思える。ひとつは即興演奏を母体とするジャズの素養。日野皓正に見出され、アメリカの名門バークリー音楽大学で学んだ三宅にとって、作曲という行為は“ゆっくりやった即興演奏”としか思えなかったという逸話があるが、その即興力には抜きん出たものがある。

もうひとつは、現在までに3000曲以上を手がけ“CM音楽の帝王”と呼ばれた、曲作りの経験。一晩で100年前からあるようなカンツォーネを書いてほしいとか、バリのガムランにアフリカ・マリのヴォーカルを乗せたいなどという無理難題を捌き続けた腕前は、ピナ・バウシュを前にしても存分に発揮されたというわけだ。

宝塚からデイヴィット・バーンまで、
三宅純に関わるアーティストの面々

三宅が舞台作品に楽曲を提供してきた相手はピナ・バウシュに限定されたことではない。ニューヨーク・タイムズ紙が「シアターアーティスト」と名付けたロバート・ウィルソン(『The White Town』)、既に12作以上の演目で三宅とコラボを果たしている演出家・白井晃。宝塚宙組舞台『FLYING SAPA』を作・演出した上田久美子など多彩なラインアップ。中でも白井晃は自身が神奈川芸術劇場(KAAT)のアーティスティック・スーパーバイザー(後に芸術監督)に就任するに際し、1作目の題材に三宅のアルバム『Lost Memory Theatre』を選び、音楽作品の舞台化という前人未到のチャレンジを掲げ、見事に成功させた。

演出家の白井晃とKAATにて
演出家の白井晃とKAATにて

一方、三宅の作品に参加するアーティストも錚々たる面々だ。ライフワークと位置付ける自身のアルバム『Lost Memory Theatre』act-1、act-2、act-3は、全53曲に及ぶ超大作。そこに並ぶクレジットを見渡すだけでも、三宅がいかに独自の美学を持ち、多くのアーティストたちとキャリアを築いてきたのかが分かる。

アート・リンゼイ、リサ・パピノー、コズミック・ヴォイセズ、ピーター・シェラーらをはじめ、ピナ・バウシュのダンサー、ナザレット・パナデロ、女優のメヒティルド・グロスマン。映画『アメリカン・ユートピア』で一躍時の人となったデヴィッド・バーン、ドイツのレジェンド、ニナ・ハーゲン。ギリシャの国民的歌手ディミトラ・ガラーニまで枚挙にいとまがない。

三宅純とパートナーの勝沼恭子
三宅純とパートナーの勝沼恭子。 photo:Bishin Jumonji

“音楽は時間の芸術”と
思い知らされた瞬間

三宅のパートナーで、アーティストの勝沼恭子にも話を聞いた。

「三宅さんは不思議な縁を手繰り寄せる運命にあるみたい。昔、偶然ピナ・バウシュの映像を目にして、私は虜になってしまったんです。そして『三宅さん、この人と仕事をしてください』と伝えたことがあるんです。それから数年後、ピナの音楽監督から三宅さんに突然ダイレクトコールがかかってきて、あっという間にコラボレーションをする運びになりました。

他にも、三宅さんがパリのマレ地区で散歩をしていたら、ギリシャの詩人パラスケヴァス・カサソウロスさんに呼び止められ、アテネ沖の島にある彼の別荘に招かれたんです。『今日は友達も来るから』と紹介されたのが国民的歌手、ディミトラ・ガラーニさんだった。私が15歳のときに所属していた合唱団でギリシャ遠征をしたときに、現地の曲を歌ったのですが、そのオリジンだったことも判明したのです。

三宅さんは“音楽は時間の芸術”と言うのですが、本当に時間を過去から盗んできたり、未来にペーストできる人なんじゃないかな? と思うことがあります」

書籍『MOMENTS / JUN MIYAKE 三宅純と48人の証言者たち』は、3年以上の時間をかけても、収めることができなかった証言がまだたくさんある。それほどに三宅純が舵を取る航海は壮大で、その船は豪華客船さながらだ。また次の港に立ち寄るタイミングを見計らって、今度はどんな旅をしているのか聞いてみようと思う。そう考えただけでもうワクワクが止まらないのだ。