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ジョン・ヴァン・ハマーズヴェルドの多様な視覚世界

アメリカ西海岸を象徴するサーフカルチャー、ロックカルチャー、ヒッピーカルチャーのアートワークを牽引した、レジェンドアーティストに再び注目。

Text: Akihiro Furuya / Cooperation: Tatsuaki Totani

「ひとりはバンドで、もうひとりはサーフィンにハマってるよ。やれやれ」。マイクDとマリブのピアであったとき、二人の息子について諦め交じりにこう言った。同じような道を歩んでいるものの、親としては微妙な心境なんだろう。サーフィンとバンドは熱病みたいなものだから。

鮮烈なあのポスターから
キャリアが始まった。

ジョン・ヴァン・ハマーズヴェルド(以下、JVH)もまさにそんな熱病とともにクリエーションを重ね、デザインとイラストレーションをポップカルチャーとして高めた西海岸のアーティストであり、レジェンドだ。映画『エンドレス・サマー』のアートワークの作者といえば、わかりやすいはずだ。

アートスクールの学生時代、あのカリフォルニアのレジェンドサーファー、デイル・ヴェルジーとハップ・ジェイブスらに傾倒。サーフィンにのめり込みつつもアートスクールに通い、黎明期の米『SURFER』誌のアートディレクターを担当しているときに、監督のブルース・ブラウンから映画『エンドレス・サマー』のアートワークを依頼される。映画の知名度が上がるとともに、彼の手腕はサーファーのみならず一般的に評価され、キャリアは拓けていく。

イラストレーター、アートディレクター、写真家として、ロックカルチャー、サーフカルチャー、サイケデリックカルチャーなど多種多様なサブカルチャーを行き来し、60年代から現在までのアートシーンを牽引してきた。

誰もが目にしたことある
あのレコードジャケットも!

中でも〈PINNACLE CONCERT〉のドローイングによるジミヘンのポスター、KISSをはじめとするロックのレコードジャケットなどに優れた仕事が多い。アンディ・ウォーホルがニューヨークのアートアイコンだとすれば、カリフォルニアのそれはJVHということになる。ウォーホルがクラブカルチャーならJVHはビーチカルチャー、ローリング・ストーンズのアルバムジャケットでもジップをあしらった『スティッキー・フィンガーズ』がウォーホルで、JVHのそれは『メイン・ストリートのならず者』と、その作風を含めて二人はおもしろいように呼応する。

経歴も多彩だ。1941年メリーランド州・ボルチモア生まれ。カリフォルニアに移住後、サーフィンをはじめ、アートを学び、キャピタルレコード社のアートディレクターとして、数多くのレコードジャケットのアートワークに関わる。レコードジャケットがミュージアムだったあの時代に。

自らイベント会社を設立して
コンサートポスターも手掛ける。

さらにはロックフェスを主催するイベント会社を立ち上げ、〈PINNACLE CONCERT〉などをプロデュース。ジミヘンやネイティブアメリカンを抽象的な筆致で描いたコンサートポスターは衝撃的だった。

時を同じくしてJVHはヒッピームーブメントをトレースするようにドラッグの深い闇に傾倒していく。あるとき、鏡に映る自分の顔を見て、「これでおしまいだ。私には向いていない」とドラッグのサイケデリックな世界から抜け出すことを決める。以来、カリフォルニアのポップアイコンとして、精力的なクリエーションを続けている。彼による有名なフレーズ、“Crazy World Ain’t It”は自分自身を投影したものだったとも言える。

日本未公開のショートムービー『Crazy World Ain’t It』のトレーラーを独占入手!

著名なアーティストたちの証言で綴る、JVHの伝記的映画『Crazy World Ain’t It』。監督はデイブ・トゥーリエとクリストファー・シブリー。第4回ニューヨーク映画賞で最優秀短編ドキュメンタリーにノミネートした。

JVHは言う「世の中のものすべては、私たちの“Memory Club”で見つけ出してくるものなのです。これが私たちが生きている世界なのです。記憶の中から取り出したもの、それこそが想像力なのです」。彼が表現する多様な視覚世界は彼が体験した、60年代の強烈なカウンターカルチャーから生まれている。