世にも独創的な映画の、独創性にあふれた音楽
圧巻。驚嘆。尋常じゃない。
『ロブスター』『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督による新作『哀れなるものたち』は、その並外れた独創性で観る者を圧倒する。
異形の外科医の手により、自身の胎児の脳を移植された女が蘇生するストーリー。トリッキーかつフリーキーなカメラワークが映し出す多彩な映像。それらは本作のイマジナティブな世界観の形成に貢献しているが、負けず劣らず独創的なのが音楽だ。
手がけるジャースキン・フェンドリックスは、2020年にファーストアルバム『Winterreise』をリリースした奇才中の奇才。ランティモスはそのアルバムを聴き、今回の映画で作り出そうとしていた世界観に通じるものを感じ、彼に音楽を依頼したという。
「ヨルゴスから依頼を受けたときはとても驚いたし、少しおじけづいたよ」
フェンドリックスは『哀れなるものたち』で取り組んだ、彼にとって初となる映画音楽の、作業の発端を振り返る。
「ヨルゴスと話し始めたのは、撮影の6ヵ月ほど前。脚本やセットデザイン、衣装のイメージを渡されて、こう言われたんだ。ほかの映画や映画音楽を一切参考にしないように、と。だから僕は渡された素材だけを基にして、今回の音楽を発想していったんだ」
甘く、でも恐ろしく
———ではその中でも、特に大きなインスピレーションを得たものはなんですか?
ジャースキン・フェンドリックス
まず引き込まれたのは脚本だった。蘇生した主人公は、生まれたての女性として初めての経験をする。初めて恋をしたり、初めて死に遭遇したり……その無垢で洗練されていない、すぐに壊れてしまいそうな彼女の感情を大切にしようと思ったんだ。同時に今回のキャラクターたちには幼稚さと、少し恐ろしいところがある。だからその要素も音楽に加えたいと思ったよ。
———ほかの映画や映画音楽を参考にしなかったということは、あなた自身の特色も色濃く出ている?
フェンドリックス
僕のDNAにあるものがすべて注ぎ込まれたんじゃないかな。ルーツであるクラシック音楽からポップミュージックまで。
アーティストとして僕が大きな影響を受けているものが2つあって、一つは宗教。父が牧師だったこともあり、教会でよく時間を過ごしていたからね。もう一つは文学だ。読書が大好きだから、文学は僕の音楽に強く影響していると思うよ。
———海外のインタビューでは、あなたの本棚にエミリー・ディキンソンの全集やエレナ・フェッランテの『ナポリの物語』シリーズが置かれていると紹介されていました。20年に発表したアルバムの収録曲「Black Hair」は、1964年の日本映画『怪談』などにインスパイアされているんですよね?
フェンドリックス
そう。弟と一緒に日本映画をよく観ているんだ。特に好きなのは黒澤明監督。武満徹が作曲した『乱』の音楽は大好きだし、スタジオジブリ作品を手がける久石譲さんの音楽もいいよね。
———今回の音楽の中で特に印象的だったのが、優雅さと恐ろしさ、明るさと不気味さが同居したダンスシーンの音楽です。振り付けの独創性も相まって、かつて観たことのないダンスシーンが出来上がっていました。
フェンドリックス
あのシーンは撮影も楽しくて、リハーサルを1週間以上重ねたあと、撮影自体にも1週間近い時間を費やしたんだ。見慣れたシチュエーションだけど、どこか夢のような、非現実的なシーンになっているよね。
曲としてはポルトガルの音楽がベースにあって、感傷的な甘い曲調ではある。でもそこに潜む恐ろしさを表現したかったんだ。
———カメラに一瞬だけ映りますが、楽団の一人が謎の楽器を演奏していますよね。あの楽器はなんですか?
フェンドリックス
あれは実際にある楽器ではなくて、ヨルゴスの要望で僕がスケッチを描いたものなんだ。見たことのない楽器を使いたいと言ったんでね。最初はオットセイの口からトランペットが出ているような楽器の絵を描いたんだけど、それは難しいということだった。
結局、大きな管楽器のスケッチが採用されて、それを美術の部署が作り上げた。ヨルゴスとのコラボレーションは楽しかったよ。彼は僕に自由を与えてくれたから。アーティストとしてすごく成長できたような気がするな。