24歳の若手ディレクターが町のカルチャーを変える
韓国の南西に位置する全州は湖南平野が広がる穀倉地帯。古くから「食の都」と呼ばれ、ビビンバ発祥の地でもある。韓国伝統家屋や朝鮮王朝時代の建造物も多く残り、クラシカルな印象の強い全州だが、近年新しいカルチャーが芽吹きつつある。その中心にいるのが世界中から買い付けたアイテムを販売する〈Froggy Office〉を営むペク・ガンヒョンさんだ。
日本の古い玩具など、ガラクタのようでもクスッと笑える品々。そのセレクトの塩梅とユニークな世界観が人気で、ソウルなど遠方から訪れる人も多い。「好きなものを集めてるだけなんですけど……」と控えめに話すペクさんは24歳。全州で生まれ、この町で暮らしてきた。
「ソウルに比べて格段に家賃が安いので出店のハードルが低いですし、流行を追わなくちゃという気負いもいらない。若い人が自由に表現し、商いをして生きていけるのは素敵なことです」とペクさん。その背中を追って店を持つ若者が増えてきた。

「店を作るにあたって相談するのはペクさん以外いないと思っていた」とは自家焙煎の豆が自慢の〈VIA COFEE STORE〉を営むヤン・ソグォンさん。自転車などアウトドアが好きなヤンさんのパーソナリティがむ店にと、バイクショップのような店舗デザインやアウトドアで使えるコーヒー雑貨の販売などを提案してもらい、自分らしい店作りができたという。
同じくペクさんがプロデュースした〈PODOSI COFFEE SHOP〉はサイフォンで入れる骨太な風味のコーヒーが魅力。オーナーのキム・ジョンインさんは韓国各地を旅しながらコーヒーをれるポップアップを続けてきた人で「ペクさんのような理解者がいるなら自分も店を持てるかも」と、全州に出店することを決めた。〈MUJI〉のインテリアを使った店内はこざっぱりとしていて、用の美を感じる気持ちのいい潔さがある。
「キムさんは燃えるような情熱があるけど、それを内に秘めた芯の強さが魅力。コーヒーの味にもそれが表れているんです。そんな空気感を醸せたらと思ってデザインしました」と言うペクさんの言葉に、キムさんは大きく頷いていた。
古き良き文化から学ぶ、唯一無二の個性
「オシャレという概念は日々変わっていきますが、店主の個性は唯一無二のもの。どんな店でも一番大切なのはオーナーが持つ雰囲気や世界観で、それを引き出して形にするのが僕は好きなんです。クライアントというより仲間の店を一緒に作るような気持ちでやっています」とペクさん。「そうやって少しずつコミュニティが育って、全州なら好きなことをのびのびやれると、若い人たちが集まってきてくれたらいいなと。それが僕のひそかな夢なんです」と、これまた控えめに語ってくれた。
翌日、「新しいお店と同じくらい古いお店も好きです」と語るペクさんが、特にお気に入りだという店へ案内してくれた。子供の頃から家族で通っている〈ミョンランプルコギ〉は“全州式プルコギ”の店。牛肉ではなく豚肉を使い、深い鍋で煮るようにして作るのが特徴だ。
「全州は水が綺麗なので、野菜、特に豆モヤシがおいしい。プルコギにもたっぷり入れますし、付け合わせで出てくる冷たいモヤシスープが最高なんです」とのこと。氷がたっぷり入ったスープに具材はモヤシだけ。モヤシからこんなに滋味深いだしが出るなんて!感激のあまり何度もお代わりする様子を見て、ペクさんはニコニコしていた。
町外れにある手作り麺料理の店や古書店、ペクさんが案内してくれた店には若い人の姿はなかった。「あなた、どこでこの店のことを知ったの⁉」と店主たちは驚きつつ、心底嬉しそうにペクさんを出迎える。どこに行っても孫のように歓待を受ける姿が微笑ましかった。
「古くから続く個人店には店固有の歴史や、育ってきた味、雰囲気がある。これから僕たちが作っていく店やカルチャーに欠かせないのは、そういう部分です。古いものが多く残る全州はインスピレーションの宝庫。同世代の中にも“老舗ラバー”が増えつつあるんですよ」とペクさん。夜は商店の片隅でお酒をひっかける全州独特の食文化“カメク”を体験できる店に連れていってくれた。
「情報が溢れる今は、自分がいいと思うものを信じるのが難しい。古いか新しいか、オシャレかそうでないか、その価値観は誰が決めるものでもありません。既存の価値基準に縛られず、自分の感性を大切に生きていくこと。同じ思いを持った仲間に出会うこと。僕にとって全州は、それができる最高の場所なんです」






















