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石若駿×柳樂光隆。新しい担い手たちによる近未来ジャズ案内2023

21世紀のジャズは、ジャンルを超えてヒップホップやR&Bとのつながりを深め、その一方でオーセンティックなスタンダードナンバーを奏でる若い才能が台頭するなど、さまざまなフェーズを見せています。果たしてジャズはどこに向かうのか。ジャズに収まらない活動で注目のドラム界の旗手・石若駿と、常にジャズの最先端をサテライトする評論家・柳樂光隆が、その行方を考えます。

photo: Keisuke Fukamizu / text: Mitsutaka Nagira / text & edit: Kaz Yuzawa

ジャンルも世代も超えて、JAZZルネッサンス只今進行中!

石若駿

僕が初めてジャズを演奏したのが小学校のビッグバンドで、それが2003年なんです。その頃からジャズは大きな変革期に入っていったので、僕が体験してきたのは、ジャズが可能性を広げていった刺激的な時代だけなんです。

柳樂光隆

21世紀の話をするわけだし、ちょうどいいと思いますよ。

石若

そうですね。僕が現代のジャズに興味を持つようになったのは『東京JAZZ』(1)がきっかけです。03年の時、味の素スタジアムで演奏してるジョシュア・レッドマン(2)を地上波のテレビで観て、その姿がものすごくカッコよかった。

柳樂

ハービー・ハンコックが総合プロデュースを担当していたこともあって、当時の『東京JAZZ』はメンツがものすごく豪華だったよね。

石若

お客さんもメッチャ盛り上がってたし。翌年にはウェイン・ショーターとハービー・ハンコックの双頭コンボのドラムがやっぱりすごくカッコよくて調べたら、ブライアン・ブレイドだったんです。当時YouTubeはあまり普及してなかったけど、My Space(3)という音楽系SNSにブライアンのページがあったり、Drum Worldというドラマーの映像を観られるコミュニティがあったりして。

そこでノラ・ジョーンズ(4)の『Come Away With Me』やジョニ・ミッチェルの『Taming The Tiger』にも参加してるのを知って、向こう見ずな少年は「ジャンルの壁を超えていくなんて、なんてカッコいい人なんだ、僕もこういう人になりたい」って憧れた(笑)。

柳樂

ジャズミュージシャンがほかのジャンルのツアーやレコーディングに参加するのは昔からあったけど、21世紀に入って顕著になった感じ。

石若

そうですね。あともう一つ、僕は小学生の頃から時代を遡って調べるのが好きなんですよ。好きなミュージシャンに出会うと、その原点を知りたくなっていろいろ調べてました。師匠は誰かとか参加ミュージシャンのリーダーアルバムとか。そうすると、音楽の二次元的な広がりがいろいろ見えてくるんです。

柳樂

石若さんは「早熟の天才ドラマー」なんて言われてるけど、本質は「成功したオタク」だったんだね。オタクという点では僕も同じだけど(笑)。

ブラッド・メルドー(5)の世代が活躍し始めた頃から、他ジャンルとの交流が目に見える形で始まって、2000年にはロイ・ハーグローヴが参加したディアンジェロの『Voodoo』(6)やジャズへの影響が顕著なレディオヘッドの『Kid A』(7)も出たし、この時期が大きな変わり目だったことは間違いないと思う。そして、02年にはノラ・ジョーンズが登場する。

石若

ある意味でジャズ界における21世紀最大の出来事が、21世紀のわずか2年目に起きちゃった(笑)。

柳樂

たしかにそう。ロバート・グラスパーもホセ・ジェイムズ(8)も、ノラが扉を開いてくれなかったら自分たちはここまで来られなかったと言ってるけど、彼女のデビューアルバム『Come Away With Me』はジャズ史上最高の売り上げだから。

石若

それはすごい破壊力だ。

柳樂

ただフロンティアにはフロンティアなりの苦労があったみたいで、デビュー当時、「ノラ・ジョーンズはジャズか」という不毛な論争に巻き込まれたりして、嫌気が差した時期もあったみたい。

でも、グラスパーやカマシ・ワシントン(9)たちがジャズをロックフェスにまで広げたり、R&B部門でグラミーをとったりしたことで、ジャズミュージシャンは何をやってもいいんだという空気が醸成されていった。そのおかげでノラも雑音から解放された部分があったんじゃないかな。何をやってもいいとなった途端、ノラはめちゃジャズをやり始めたからね。

石若

去年のノラの来日公演、ドラムがブライアン・ブレイドだったしすごく行きたかったんだけど、どうしてもスケジュールが合わなくて行けなかったんですよ。

柳樂

それは残念だったね。ブレイドは最初から最後まで超インプロビゼーションだったし、ノラもちゃんとそれに応えてた。ベースはクリス・モリッシーだし、ポップなんだけど超ジャズな演奏でしたよ。今やノラ・ジョーンズは、ジャズミュージシャンとしか言いようがない(笑)。

ノラ・ジョーンズから、『Black Radio』へ

石若

2010年あたりになってYouTubeが普及すると、世界のジャズフェスの動画が1週間もしないうちに観られたり、ロックフェスに出演しているジャズミュージシャンの演奏も観られるようになりましたよね。やっぱりジャズのミュージシャンがメジャーなフェスで演奏している姿を観るとうれしかったし、ただうれしいだけじゃなくて、ミュージシャンとして自分もその一員でいたいという思いが湧いてきました。

柳樂

グラスパーがエクスペリメントでサマソニに初登場したのが14年、フジロックのホワイトステージに出たのが16年。ジャズのミュージシャンが誰かのバックとかじゃなくて、自分のバンドを率いて出たというのは、ジャズにとってとても大きな出来事だったよね。あれで勇気づけられた若手はたくさんいたと思う。

石若

グラスパーの初期の、アコースティックトリオでの『In My Element』(10)とかも僕らの間ではすごく浸透していて、若い仲間でセッションしてもみんなすぐに演奏できちゃう。そう考えるとグラスパーは、すごい影響力のある人ですよね。

柳樂

彼の『Black Radio』についても一言触れておくと、ブラッド・メルドーがレディオヘッドの曲を演奏する場合は、アコースティックのトリオでスタンダードを弾くように扱うんだけど、グラスパーはレディオヘッドとジャズの中間のフィールドで演奏する。ジャズの可能性を広げたのがノラ・ジョーンズなら、ジャズを自由な世界へ解放したのがこのアルバム。ここからジャズは加速度的に自由を獲得していくわけで、間違いなくジャズ史に残るメルクマールの一枚。

石若

グラスパーはジャズピアニストとしてももちろん一流なんだけど、プロデューサーとしての能力が本当に高いんですよね。

柳樂

そうだね。彼のスマートなところは、『Black Radio』のようなコンセプチュアルに作り込んだアルバムを出す一方で、YouTubeには気心の知れた仲間とのライブ動画をアップしていた点。かなり早い時期からセルフブランディングのことも意識していたんだと思う。

ミュージシャン・石若駿、JAZZ評論家・柳樂光隆
プロフェッショナルとしてお互いを認め合う柳樂光隆さん(左)と石若駿さん(右)。対談は池袋にある若いミュージシャンたちが集う隠れ家的カフェ&バー〈KAKULULU〉にて。

物怖じしない21世紀生まれが、ジャズをさらに面白くする

石若

現代に目を向けると、例えばシオ・クローカー(11)というユニークなトランペッターが去年出したアルバム『Love Quantum』に「JAZZ Is Dead」という曲が入っていて、マイルスのバンドにもいたサックス奏者のゲイリー・バーツ(12)が「JAZZ IS DEAD!」って叫んでる。そんなのを日本で聴いてると、アメリカでは何かものすごいことが起きてるみたいだって感じて。

柳樂

ゲイリー・バーツはクローカーの師匠なんだよね。あのアルバムは、「She's Bad」という曲にフージーズ(13)のリーダーだったラッパーのワイクリフ・ジョンが参加してたりすごく面白い。

石若

あの「JAZZ IS DEAD!」、本当の狙いは何なんですか?

柳樂

クローカーは、ジャズという言葉が纏(まと)わされた差別性を以前から指摘していたから、そういう状況へのアンチテーゼが込められているのは間違いないと思うけど、それを師匠のゲイリー・バーツが叫んでるのがまたすごいよね。

石若

そうですね。あの作品に限らず、世代やジャンルを超えていろんな人が参加しているアルバムが増えている気がします。今、すごく注目されているドミ&JD・ベックは若い白人男女のジャズコンビというだけでも相当珍しいのに、彼らのデビューアルバムがまた、ハービー・ハンコックやスヌープ・ドッグが参加したりですごいことになってる。ドミはフランス出身の22歳かな、JD・ベックなんてまだ19歳。

柳樂

ハービー・ハンコックが80代で、50代のカート・ローゼンウィンケル(14)、30代のサンダーキャット(15)やアンダーソン・パーク(16)に2000年代生まれの2人。

石若

そういうのって、ジャズの醍醐味じゃないかと思うんですよ。ロックバンドだとお祭り的なイベントでやるくらいだし、これほどの世代差ってジャズでしかあり得ない気がします。日本ではあるのかな?

柳樂

去年、20代の高橋佑成と80代の中牟礼貞則のデュオってのがありましたよね。石若さんにだっているじゃない、森山威男(17)が。

石若

インフルエンスはもちろんあります。何しろ一番最初に観たライブが森山さんですから。4歳の頃かな、そのカッコよさにやられてドラムを始めて……あっ、オレやってました、世代を超えた活動。森山さんは東京藝大の打楽器科で、オレの大先輩なんですよ。

でも大学の授業はクラシックで、森山さんはいろいろあって山下洋輔トリオに飛び込んだ。僕は森山さんに藝大に戻ってきてほしくて、4年生の大学祭で森山さんとのツインドラム・ライブを企画したんです。

柳樂

それ、動画で観た気がする。

石若

ドラム2台だけで、40分くらいフリージャズを叩き続けたんですけど、けっこう人が集まってくれてドラム叩きながら泣きそうになりましたもん。こういうことはこれからもっとやるべきだなって、自戒も込めつつ話してますが。

柳樂

アメリカではプロデューサーのエイドリアン・ヤング(18)とア・トライブ・コールド・クエスト(19)のアリ・シャヒード・ムハンマドが〈JAZZ IS DEAD〉ってプロジェクトをやってて、それはレジェンドを呼んで、彼らがバックを務めて1枚アルバムを作るプロジェクト。

以前ならサンプリングしてって話だと思うけど、本人とやれるなら一緒にやっちゃおうという機運があるみたい。ほかにもジェラルド・クレイトンがお父さんのジョンとアルバム作ったり、ブルーノートも年に1枚、昔レーベルに所属していたミュージシャンのアルバムを出してるし、そういう動きが目立ってきている。

石若

さっきのクローカーのとは関係あるんですか?

柳樂

あれとは別だけど、姿勢としては似てるんじゃないかな。ところで石若さんは、同世代や少し下の世代をどう見てますか?例えばジョエル・ロス(20)とか。

石若

もう大好き(笑)。いや、マジですごいなって思ってます。トランペッターのアンブローズ・アキンムシーレ(21)の流れというか……。彼の曲には強烈なメッセージがあるじゃないですか。その流れにあるジョエルも、ビブラフォン奏者として社会にしっかりコミットしていて、そんな姿を見ると年下とか関係なくすごいなって思いますね。彼らと同じステージに立つためには、僕も自分の目で見てしっかり考えなければと思うし、もっと強靱さを身につけなければと感じます。

そういう点では日本の若手でも松丸契とかよく考えてるし、ドラマーの中村海斗なんかもすごく積極的なアプローチをしてると思う。あと、ジョエルと一緒にやってるニューヨーク在住の日系女性ベーシスト、カノア・メンデンホール。彼女とも昨年夏に共演しましたが、それはもう素晴らしくて、とても注目しています。

柳樂

さっき話に出たドミ&JD・ベック、ほかにはイマニュエル・ウィルキンスもそうですね。若いミュージシャンに話を聞くと、確実に意識が変わってきていると感じます。

石若

彼らはインスタのストーリーで、社会問題をテーマに意見を交わしたりしていますからね。

柳樂

若いミュージシャンは意識も高いし、公平ですよね。今、アメリカのミュージシャンも世界中のミュージシャンと日常的にSNSで交流してフラットに世界を見てるので、アメリカがジャズの中心だって態度じゃなくて、お互いが相手から学ぶべきだという意識がある。社会問題への認識なども含めていい影響を与え合っています。

ジャンルや世代だけじゃなくて、国の違いも超えた関係が生まれている。その中でロンドンのシャバカ・ハッチングス(22)がハブのような存在になっていたり。そういった変化には、Spotifyの普及などさまざまな要因が関係しているんだけど、それがジャズの自由度を上げているのは間違いないです。

石若

インスタやTikTokから出てきた若いミュージシャンも増えてる。

柳樂

そうだね。TikTokでオーセンティックなスタンダードナンバーを歌った動画でバズったサマラ・ジョイは、何をやってもよくなったジャズを象徴する存在と言えるかもしれない。そんな時代に、2023年、石若さんは何をやるんですか?

石若

2023年3月にセルフプロデュース・プロジェクト「Songbook」シリーズの6枚目を発表します。ドラムを叩きながらシンセを操作して歌まで歌うアントニオ・ロウレイロに刺激された部分もあって、今回初めて自分で歌った歌を収録しています。

柳樂

それは楽しみだね。たしかに歌うドラマーやベーシストが増えてる印象があるし、23年は歌うプレーヤーに注目してみても面白いかもしれないな。

JAZZ評論家・柳樂光隆
ミュージシャン・石若駿

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