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〈ブルーボトルコーヒー〉創業者ジェームス・フリーマンも、喫茶店好き。〈茶亭 羽當〉へ

〈ブルーボトルコーヒー〉の創業者であるジェームス・フリーマンが日本の喫茶店文化のファンであるというのは、コーヒー通の間ではわりと有名な話かもしれない。深煎りの豆やネルドリップという、「サードウェーブ」の世界にはないカルチャーを、彼が愛する理由は何だろうか。

Photo: Taro Hirano / Interview&text: Hitoshi Okamoto / Translation: Takuhito Kawashima

店主と言葉を交わさなくても、
伝わるものは豊か。

岡本仁

ここ〈茶亭 羽當〉のようなコーヒー店を、日本では大雑把に「喫茶店」と呼びますが、今、人々にコーヒーを提供しようと考える若者たちは、こういうスタイルを目指すよりも「サードウェーブ」のコーヒースタンドを目標にする傾向にあります。

そしてあなたは「サードウェーブ」の代表格と考えられています。あなたご自身は「サードウェーブ」をどのように定義していますか?

ジェームス・フリーマン

1530年頃、エジプトの首都カイロには1000軒のコーヒーショップがあったそうです。イエメンで穫れたコーヒー豆を焙煎して挽いていたというから、立派なシングルオリジンのコーヒーですよね。お店ごとに違う方法で提供していたそうです。

その時代が本当の「ファーストウェーブ」だったのかもしれません。人間は名称をつけたがる生き物だから、「サードウェーブ」と名づけることで、コーヒーのことをあまり知らない人たちに説明しやすくしたかったのでしょう。

解釈は人によって異なりますが、新鮮なコーヒー豆を浅煎りで焙煎したり、丁寧にエスプレッソを抽出してきれいなカプチーノを作ったり、ポアオーバー(ペーパードリップ)で淹れたりといった手法が「サードウェーブ」の代表的なものだと思います。

でも「サードウェーブ」の特徴とされる手法の多くは、〈茶亭 羽當〉のような喫茶店からインスパイアされています。ポアオーバーという手法もここから生まれたもので、サンフランシスコで生まれたものではありません。

「サードウェーブ」はいろいろな国のコーヒーの伝統や文化から影響を受けています。残念なことに「サードウェーブ」の人たちの多くは、アメリカでもスカンジナビアでも、特に若い世代は、彼らがすべてを開発したと思いがちですけど、そんなことはない。

いろいろなところからエッセンスを引っ張ってきてできたスタイルであるということを勘違いしてはいけません。「サードウェーブ」では誰も何かを新しく開発したということはないんです。様々な国のコーヒー文化から要素をたぐりよせ、現代に適応させているだけのことです。

岡本

「サードウェーブ」の代表格と呼ばれることをどう思いますか? 

J

複雑な気持ちですね。もちろんとても光栄ですよ。でも、私は単なるコーヒー好きで、どうすればもっとおいしくできるだろうかと考えていただけです。

私のコーヒーに対する知識や思い入れや興奮を、できるだけ多くの人と共有したいだけなのです。そのためにカッピングやワークショップをやるし、もっと効率的で美しいコーヒーショップを作りたい。

でも〈茶亭 羽當〉のような喫茶店をやろうとは思いません。ここよりも良い店を作ることはできませんから。ただ、インスピレーションは受けていきたい。勤勉でエレガントな喫茶店の雰囲気は〈ブルーボトルコーヒー〉でも見習いたいところです。

〈ブルーボトルコーヒー〉創業者のジェームス・フリーマン
「ここは水もおいしいし、自家製のシフォンケーキも楽しみなんだ」とジェームスさん。

岡本

これ以上の喫茶店ができないと思うのはなぜですか?

J

私のパーソナリティではないからです。もし私が喫茶店を開いたとしても、きっとここのコピーのようなものになるでしょう。

でも、自分で作るものに関しては、やっぱり自分の文脈にあるものにしたい。私はあのマエストロ(羽當チーフの寺嶋和弥さん)と話をしたことはありませんが、ここでコーヒーを飲んでいると、彼の家のリビングルームはきっとこういう雰囲気なんだろうなと感じることができます。どうやって物事を考えているのかも、何となく想像できますしね。

私のリビングルームにはこのような雰囲気はありません。すごく明るくて整頓されていて、要するに〈ブルーボトルコーヒー〉のような感じ。つまり、そういうことなんだと思います。

岡本

マスターと話をしないのは、言葉の問題が大きいからですか?

J

もちろん話をしたいと思っていますし、実は日本語も少し勉強しています。でも、どこかしらミステリアスな部分を持っているのもいいことですよね。
マエストロと言葉を交わすより、私が何を見るのか、舌で何を感じるのかの方が大事。それが私の想像力を掻き立てるわけです。

岡本

ここはどうやって知りましたか?

J

サンフランシスコのUCCに勤めている友人が、2008年に連れてきてくれました。彼が日本の喫茶店文化を教えてくれたんです。ほかにも銀座の〈カフェ・ド・ランブル〉と表参道の〈大坊珈琲店〉に行きました。

アメリカのコーヒー文化は「right=正しい」か「wrong=間違い」かのどちらかしかありません。例えば、ダークローストは「wrong!」と判断してしまう。

でも私は喫茶店に来るようになって、そういう考え方が一変したと思います。実際にこうした喫茶店で飲む深く焙煎したコーヒーはおいしいですし、プロセスも興味深い。彼らが深煎りの豆でどうしてここまでおいしいコーヒーを淹れることができるのか、最初は不思議でした。

お湯の温度なのか、豆の挽き方なのか、それとも豆を蒸す時間なのか?そして、それら複雑な技術すべてが重なり合って、おいしいコーヒーができていることがわかった。
私たちがやっている方法で、深煎りの豆を使ってコーヒーを作っても、きっとここまでおいしいものにはなりません。世界の見方が違うんですね。

そして、私はまったく違う世界を見ることも好きなんです。もちろん私には私なりのこれが「正しい」というコーヒーの見方はあります。特に〈ブルーボトルコーヒー〉でやっていることに関しては。
しかし、そうした判断基準があるからといって、ほかのコーヒーを楽しめないということではない。

岡本

自家焙煎のコーヒーを提供する喫茶店のほかに、トーストやナポリタンやホットドッグなどを出す喫茶店を愛する人も多いのですが、そうした店に行ったことはありますか?

J

もちろん。ここのようにおいしいコーヒーを飲める喫茶店の方が、個人的な楽しみは多いですが、軽食を食べられる喫茶店も好きですよ。

渋谷に、ゆで卵、トースト、ポテトサラダや水出しのコーヒーを楽しめる喫茶店があって、そこにも行きます。ここまで質の高いコーヒーは出てこないけれど。

岡本

そうした場所には、コーヒーの質を求めないのですか?

J

そうですね。それよりも雰囲気を楽しみたい。それにトーストと卵は本当においしいんですよ。でも、そういうタイプの喫茶店で経験したことも〈ブルーボトルコーヒー〉に生かされています。

サンフランシスコのミントプラザにあるショップではサイフォンを使ったコーヒーや、トーストやポーチドエッグ、それにホットドッグもランチメニューに出しています。
オーガニックのもので、パンも軽くトーストしたりと、手間をかけたホットドッグですが、お客さんのなかには不思議に思っている人もいるみたいです。

「何でサンドイッチじゃなくて、ホットドッグなの?」って。喫茶店のメニューへのオマージュだということを、お客さんは知らないですからね。

渋谷〈茶亭 羽當〉客に合わせて替えるカップ
客に合わせカップを替える。

岡本

コーヒーを提供する店をやりたいと考える人に何かアドバイスはありますか?

J

大事なのは、コピーをしないことです。

自分が本当にやりたいことをイメージし、それを遂行すること。〈ブルーボトルコーヒー〉も自分がどのような場所で、どのような環境でコーヒーを飲みたいのかを追求してできた場所です。〈茶亭 羽當〉も同じはず。

オーナーがこうしたいと考えているからこそ、大きな円卓があって、桜の木を飾っていると思うんです。もし、新しい喫茶店をやるなら、その人のパーソナリティをちゃんと形に落とし込まなくては、コピーで終わってしまいます。

もちろん、まずはコーヒーにもちゃんとこだわらなくてはいけませんよ。そこから環境や雰囲気は自然と出来上がってくると思います。

渋谷〈茶亭 羽當〉店内
とある昼下がり。〈ブルーボトルコーヒー〉創業者のジェームス・フリーマンが渋谷の名喫茶店〈茶亭 羽當〉で深煎りのブレンドをゆっくりと味わっていた。