春草、夏草、秋草、
四季折々の味わいが生きている牛乳
山地酪農という言葉を聞いたことがあるだろうか?岩手県北上山系の山麓で、33年間、牧場を営んできた吉塚公雄さんは、「山地酪農とは、1年中、牧山で牛を放し飼いにする酪農なのです」と言う。
吉塚さんの牛の飼い方は、効率よく乳を搾ろうとする、自然とかけ離れてしまった今の酪農とは異なっている。牛たちは朝晩の搾乳の時だけ牛舎にやってくる。それ以外の時間は、春夏秋冬、昼夜を問わず、起伏に富んだ牧山で暮らし、一日中気の向くままに動き回り、食べては寝るを繰り返す。仔を孕むのも基本的には自然任せ。牧場では10年を上回るほど長生きする牛も多いという。
飼料には大豆やトウモロコシなどの濃厚飼料は使わない。草食動物である牛が本来食してきた、牧山に自生する牧草や野草、干し草、そしてこれらを発酵させたサイレージだけを食べさせている。日本全国を探しても、穀物飼料を一切食べていない牛は、きっとほとんどいないだろう。
また吉塚農場では、仔牛と出産の合間の雌牛たちは、大きな木々を伐採しただけの茂みで暮らす。茂みの中、低木の葉っぱや熊笹を牛が猛然と食べるさまは、誰にとっても大きな驚きに違いない。吉塚さんによれば、こうして牛と共に山を拓き牧山にしていくことが山地酪農の真髄でもあるという。
そんなふうに育った牛たちは、私たちがイメージするむっちりしたホルスタインとはほど遠い。すきっと締まった体で筋肉質、おまけにおっぱいも小さい。
「素晴らしい牛たちですよ。搾れる乳量は今の一般的な乳牛の3分の1以下になりました。でもこれが正常な量なのです」と吉塚さん。
搾られた牛乳はといえば、ほんのりと黄色に色づき、口の中では、甘さに感じるようなコクがある。しかし、後口は意外なほどすっきりしている。そう、これこそが、吉塚さんの言う「乳牛が自分の生きる力で生み出した、自然に最も近い牛乳」の味わいなのだろう。