Visit

井浦新の香りと山をめぐる冒険 〜南仏・スイスへの7日間の旅で気づいた、ちょっといい世界のカタチ〜 Vol.7

この夏、南仏とスイスをめぐる7日間の旅に出た俳優の井浦新さん。きっかけは長年愛用するハーブオイルが生まれた地を訪れてみたいと思ったことだった。香水の都と呼ばれる南仏のグラースから、スイスアルプスのトレッキングを経て、ハーブオイルのレシピが眠っていたザンクト・ガレン修道院へ。ハーブオイルを製造する〈nahrin〉の本社にも足を運んだ。最終回の今回は、旅の終着点となったチューリヒで過ごした時間をお届けする。Vol.6はこちら。

photo & narrative : Arata Iura / text: Yuriko Kobayashi

連載一覧へ

【DAY.7】旅の終着点、チューリヒで出会った、素敵な風景と文化

チューリヒのランドマークのひとつ、フラウミュンスター。フラウは「女性」という意味だが、その名の通り、繊細な佇まいの大聖堂だ。

南仏のグラースから始まった旅も、いよいよ最終日。チューリヒで気になる場所をあちこち回ってみることにした。

まずはチューリヒのシンボルともいえる大聖堂へ。旧市街にはミュンスター橋を挟んで、2つのミュンスター(大聖堂)が立っている。2本の塔を持つのがグロスミュンスターで、とんがり帽子を被ったような細い塔を持つのがフラウミュンスター。どちらも町のランドマークとして親しまれている。

外観も素晴らしく美しいのだけれど、中に入ってさらにびっくりするのはステンドグラスの美しさ。フラウミュンスターにはフランスの画家マルク・シャガールが手がけたものもある。

「色彩の魔術師」と呼ばれることもあるシャガールだが、それはステンドグラスになっても健在。柔らかく差し込む日の光を受けたその作品は、絵画とはまた違う美しさがあった。

次に向かったのは薬局。といってもお腹を壊したわけではなくて(笑)。昔ながらの自然療法で薬草や漢方を使い薬を調合してくれる薬局があると聞いて、お邪魔してみたのだった。

店のサインには天秤ばかりに巻きついたヘビのロゴ。ちょっと不吉?と思ってしまうかもしれないが、実はヘビは脱皮を繰り返すことから昔から蘇生の象徴とされていて、古代ギリシャ・ローマ時代の神話でも医術を司る神の杖に絡まっていたことから、中世ヨーロッパでは薬局・医院の看板にモチーフとして使われていたそう(そういえばWHO〈世界保健機関〉のシンボルマークにも蛇が描かれている)。

店内にはナチュラルプロダクトを販売する新しいスペースと、ハーブを保管し調合する伝統的なスペースがそれぞれあって、新旧の自然療法が仲良く同居しているような感じ。自分の状態や生活環境によって様々な療法や薬が選べるというのは、すごくいいなと思う。

ハーブを使った喉に優しいキャンディなど、お土産に良さそうなものもあったので、ずいぶん長居してしまった。

チューリヒで外食するなら、絶対にここと決めていたレストランが一軒あった。1898年に創業した世界最古のベジタリアン・レストラン〈ハウス・ヒルトル〉だ。

現代では「ベジタリアン」や「ヴィーガン」はひとつの食の選択肢として認識されているけれど、〈ヒルトル〉が開業した頃は、肉食こそが豊かさの象徴とされていた時代。野菜食が広く受け入れられることはなかった。

創業から1世紀以上、現在は4代目がオーナーを務める〈ヒルトル〉は、健康ブームの追い風もあって、チューリヒを代表するレストランに成長。スイス インターナショナル エアラインズのビジネスクラスにもベジタリアン・メニューを提供しているのだそう。

歴史のあるレストランゆえ、ちょっと入りにくいのかなと思っていたら、全然そんなことはなくて、1階はカジュアルなカフェテリア。店内にはドーンと大きなビュッフェコーナーがあって、サラダやオードブルに加え、スープやパスタ、フライなど、100種類以上の料理が並ぶ。料理の国籍も様々で、中華やエスニックなどもある。これら全てがベジタリアンまたはヴィーガン仕様というから、本当に驚いてしまった。

料理に使うのはできるだけ地元でとれたオーガニックのもの、ジュースは毎日搾りたてで、添加物や遺伝子組み換え食品は使用しないという徹底ぶり。もちろんどの料理もおいしくて、「本当にお肉が入っていないの?」と思うほどの満足感だった。ああ、ぜひ日本にも出店してほしい……!時間があればもう一回くらい食べに行きたい、最高のレストランだった。

〈ビクトリノックス〉や〈IWC〉など、長年愛用してきたアイテムの本店を訪れ、あちこち動き回っているうちに旅の最終日が終わってしまった。かなり駆け足の旅だったけれど、本当に実りと学びに溢れた時間だった。

7日間の旅を振り返って思い出すのは、南仏とスイスの圧倒的な自然の豊かさと、そこに調和して暮らす人々の姿だ。家族との時間を大切にして、緑の中でゆったりとした時間を過ごす。体にも環境にもいい食事をして、無理なく楽しくリスペクトし合いながら働く。そして会社では働く社員一人一人が環境に責任を持って、よりよい社会と地球をつくっていく意思を持っている。

一つ一つは小さな点かもしれないけれど、7日間の旅が終わりを迎えようとしている今、そのすべてが繋がって、一本の線になったような気がする。それは、より素敵な世界に近づくための道筋なのだと思う。

僕は今、鹿児島県大隅半島の南端にある南大隅町という、美しい自然が豊かな地でサステイナブル・コスメや香りにまつわるプロダクトつくっている。そこに暮らす人々もまた、その背景にかかわらず、お互いを大切に尊重し合いながら仕事をし、生活している。時には厳しい自然の猛威を受けながらも、自然の恵みや豊かさに活かされて。

この旅の途中で、何度も南大隅町のことを思い出すことがあった。日本にも、そんな素晴らしい土地はたくさんあり、本当の豊かさを知っている人々がいる。そのことに改めて気づくことができる体験でもあった。

この旅を実現してくれた〈nahrin〉のスイス本社と日本の総代理店、スイス政府観光局、そして訪れる先々で出会ったすべての人に、心からの感謝を伝えたい。

連載一覧へ