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井浦新の香りと山をめぐる冒険 〜南仏・スイスへの7日間の旅で気づいた、ちょっといい世界のカタチ〜 Vol.2

この夏、南仏とスイスをめぐる7日間の旅に出た俳優の井浦新さん。きっかけは長年愛用するハーブオイルが生まれた地を訪れてみたいと思ったことだった。旅のスタート地点に選んだのは「香水の都」と呼ばれる南仏の街・グラース。最大の目的は老舗の香水ファクトリーを訪れ、世界でひとつだけのオリジナル香水を作ること。奥深い香りの世界に触れて芽生えた思いとは?Vol.1はこちら

photo & narrative: Arata Iura / text: Yuriko Kobayashi

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DAY.2:世界に一つ、自分の香りを歴史に刻む

フランス・グラースの旧市街
バラ色の傘がディスプレイされたグラースの旧市街。「アンブレラスカイ」と呼ばれていて、晴れた日は空にバラの花が浮かんでいるよう。

香りをめぐる旅のスタート地点として選んだ南仏コートダジュール地方のグラース。温暖な気候と肥沃な土地があるおかげで花の栽培に適しているということで、昔から多くの香水工場があることで知られている。

「香水の都」と呼ばれるこの町には、シャネルやクリスチャン・ディオールなど、名だたるブランドの香水を作る工場もあり、かの有名な「シャネルNo.5」もここから誕生したそう。

町に入って2日目、時差ボケになんとか打ち勝って、早朝から散歩に出かけることにした。日の出とともに開花する花があるのだろうか、甘い香りが風に乗って漂ってくる。丘の上から見た日の出は、すごく綺麗だったな。

世界中から観光客の訪れるグラース。できれば人気のない、静かな町を見てみたくて、旧市街にも足をのばした。石畳が敷かれた路地は車の乗り入れが禁止されているので、散歩にはもってこいだ。

僕は小さい頃からなぜか路地裏が好きで、くねくねと曲がる細い道を歩いていて、その先に何があるかわからないというのが無性にワクワクする。グラースの街では、曲がった先にはもちろん香水屋さんがあって、そのウインドウを見ながら歩くのは、最高に楽しい時間だった。

フランス・グラースの夜明け
グラースの夜明け。海から吹く風が潮の香り、街中に咲く花の香り、いろいろな香りが混ざった、気持ちのいい朝だった。

グラースで、どうしても行きたい場所が2つあった。ひとつは1989年に設立された国際香水博物館。「Musée International de la Parfumerie」の頭文字をとって、「MIP」と呼ばれている。

ここは古代から現代まで、世界の香りにまつわる文化や歴史について紹介する博物館で、その展示品の数は5万点以上。香水の原材料や時代ごとの製法、ボトルやパッケージに至るまで、とにかくあらゆる方面から香りのことを学べて、全然時間が足りない!(笑)

古代エジプトでは神事において香りが欠かせなかったそうです。儀式の際の薫香として、またミイラを作る際にも香油で体を清め、樹脂や他の植物とともに腐敗止めに使っていたとか。

古代ギリシャやローマでは薬学や医学の観点から香りを活用してきたことも詳しく解説してあって、香りがどれほど人間と深い関わりがあったのかを知ることができた。

中でもハッとさせられたのが、日本の香道に関する展示。思えば日本人は古くから香りを大切にしていて、香りそのものを鑑賞する「道」を確立したことはもちろん、着物にそっと香りを纏わせたり、練り香水を使ったり、ヨーロッパとは違う独自のやり方で、香りを暮らしの中に取り入れていた。

旅に来て、異文化のことに興味が向いていたけれど、改めて自分の国の「香り」との関わり方を誇らしく思ったのだった。

次に向かったのが、1747年に創業したGalimard(ガリマール)。グラースで最も歴史ある香水メーカーです。

ここでぜひ参加してみたかったのが、オリジナル香水作り。毎日、予約制で開催されているワークショップで、調香師のレクチャーを受けながら、ガリマールで実際に使われている160種類ほどの香料の中から好きなものを選んで調合できるとか。夢のようなレッスンだ。

アトリエに入ってまず胸躍ったのが、ずらりと並んだ香料のガラス瓶。調香師はこの香りを作る台のことを「オルガン」と呼び、まるで一音一音、音を選んで重ねて音楽を作るように香りを生み出していくという。

僕は以前からこの「香りのオルガン」に憧れていて、その実物が目の前にあることに、まず興奮してしまった。しかもそこにある160ほどの香料は、ガリマールが300年ほどかけて作ってきた歴史そのものなのだ。

香水作りのプロセスは、まず全体のイメージを想像することから始まる。それが固まったところで、3段階に分けて香りをブレンドしていく。それらは香りの揮発速度の速い順に「トップノート」「ミドルノート」「ベースノート」と呼ばれている。

思えば「ノート」には「音符」や「楽譜」という意味もあるから、やっぱり香りと音楽には、どこか共通点があるような気がする。

驚いたのは、ブレンドする順番。香水では揮発速度が遅い、つまり時間が経ってから感じる香りから作っていくそう。僕は自身がプロデュースするヘアケアブランドで香りの調合をやっているのだけれど、その時は全く逆で、最初に鼻がキャッチする香り、つまり「トップノート」から作っている。

同じ香りにまつわるプロダクトでも、どこに香りのピークを置くか、どんなふうに香りの変化を感じてもらいたいかによって手順が違うと知って、その表現の奥深さを改めて教えてもらった気がした。

本来のワークショップは2時間程度ということだったのだけれど、気がつけば3時間が過ぎようとしていた(アトリエのみなさん、ありがとうございます!)。

完成した香水は、「The Wind of Grasse at Dawn」と名付けた。朝のグラースを歩いた時に感じた、海から吹き上がってくる心地いい風をイメージした。全体を包むベースノートには花やフルーツなどの甘い香り、ミドルノートには清々しい緑の香り、そしてトップノートにはマンゴーやライチなど、少しトロピカルな香りを重ねた。

調合した香料を記録したフォーミュラはガリマールに保存され、後日メールなどで依頼すれば、それを元に香水のほか、ボディクリームやシャワージェルも作ってもらえるそう。香水の都に僕が作った香りが残るなんて、感無量だ。

ワークショップの後、ガリマールのスタッフたちに僕が日本で作っているプロダクトの香りを体験してもらった。タンカンなど日本の植物のエッセンシャルオイルを使っているとあって、「初めての香り!」と驚く方もいて、そこから香りにまつわる熱い議論が巻き起こったのは、すごく刺激的で楽しい時間だったな。

僕はフランス語ができないから、通訳を交えての会話がほとんどだったけれど、こと香りについて話すときは、なんだか心から通じ合えたような気がする。香りはひとりで楽しむのも素敵だけれど、みんなで分かち合うコミュニケーションツールにもなりうる。そんな発見も得られた体験だった。

「香水の都」で嗅覚を研ぎ澄ませて、明日はスイスへ移動する予定。香りの源ともいえる植物が息づく、アルプスの山々へ向かいます。

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