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井浦新の香りと山をめぐる冒険 〜南仏・スイスへの7日間の旅で気づいた、ちょっといい世界のカタチ〜 Vol.1

この夏、南仏とスイスをめぐる7日間の旅に出た俳優の井浦新さん。きっかけは長年愛用するハーブオイルが生まれた地を訪れてみたいと思ったことだった。“香り”とともに人々が暮らす南仏、高山植物が咲き乱れるヨーロッパアルプス、そしてハーブオイルの故郷・スイスへ。旅をしながら出会った風景と香りは、この先のよりよい世界のヒントも教えてくれました。

photo & narrative: Arata Iura / text: Yuriko Kobayashi

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プロローグ:その旅は、一つの“香り”から始まった

その香りに出会ったのは20代前半。今では想像できないくらいでっかい携帯電話をみんなが使っていた時代のことだ。

インターネットが普及する前のことだから、今のように海外のプロダクトを気軽に買うなんてことはできないし、そもそも情報がない。当時、雑誌モデルとして活動していた僕にとって、唯一、海の向こうから新しいモノや情報を届けてくれるのが、海外を飛び回っているヘアメイクさんやスタイリストさんたちだった。

あるとき、お土産にいただいた〈nahrin〉というブランドのハーブオイルに衝撃を受けた。清々しさの中にほのかな甘さのある香りは、森の中で深呼吸しているような気持ちにさせてくれ、心も体もスッキリと軽くなった。

聞けばそれは、スイスの小さな村にある修道院で暮らすシスターたちが300年以上前に作ったレシピをベースにして作られたものだという。村の図書館に眠っていたその伝統的なレシピを読み解き、現代に復活させたという誕生のストーリーにも惹かれた。

以来、僕にとってそのハーブオイルはお守りのような存在になった。リラックスやリフレッシュしたい時はもちろん、役作りをする期間には本当に助けられている。この香りをまとうと、その役に入っていくスイッチにもなるし、役としての気持ちをキープさせてくれる。それは僕の俳優人生になくてはならない存在だった。

そんな〈nahrin〉が今年70周年を迎えると聞き、ずっと持ち続けていた気持ちが固まった。これまで自分を支えてくれた香りが生まれた場所へ行ってみよう。できることなら古くから香りの文化が根付く南仏にも足を伸ばして、さらに野生のハーブが咲くアルプスの山々も歩いてみたい。そんな思いが重なって、気づけば7日間みっちりと動き続ける、欲張り、もとい、贅沢な旅になってしまった。

DAY.1:「香水の都」・南仏グラースは、香りに満ちていた

バラ
街全体が花の香りに包まれているグラース。見たことのない花、感じたことのない香りが次々と押し寄せて、散歩しているだけで幸せな気分になれた。

どの地から旅をスタートさせるか、考えた末に思いついたのが南仏のグラースという街だった。

グラースはカンヌから内陸へ20kmほど入った山沿いにある町で、「香水の都」と呼ばれる。その名の通り、街の至る所に香水工場があり、その収益はフランスの香水産業の10%近くを占めているという。香りをめぐる旅をするからには、まずは嗅覚を研ぎ澄ませねば。そんな思いで、グラースを出発点にしたのだった。

ありがたいことに、以前に何度かカンヌ国際映画祭にご招待していただいたことがあり、ニース空港は馴染みのある場所だ。でも今回はレッドカーペットを歩くことが目的じゃない。これまでとは違った緊張を感じつつ、レンタカーに乗り込んだ(レンタカーが全てミッション車しかなくて焦ったけれど……)。

乾杯している様子
ホテルにチェックインして、まずはビールで旅のスタートを祝う。花や植物を愛する人が暮らす街らしくカシスビールもよく飲まれているそう。

海辺にあるニースから車を走らせること1時間弱。徐々に風景の中に緑が多くなり、グラースに入ると、どこからともなく花の香りが漂ってきた。ホテルに荷物を置いて街を歩くとその香りはいっそう強くなり、目に入るのは花、花、花。香水用の花を育てる農園だけでなく、街の人々の多くが庭先で花を育て、その姿と香りを愛していることが伝わってくる。本当にここは“香りの町”なのだ。

驚いたのは、ふと通りかかったゴミ集積所にも色とりどりのアイビーが咲いていたこと。自生しているのではなく、誰かが植えて、世話をしているように見える。こうして美しいもので彩ることで、その場の印象をポジティブに変えてしまう。街づくりだけでなく、普段の暮らしにおいても、こんな考え方を持ちたいと強く思った。

しばらく歩いていると、ふっと香りが変化する瞬間がある。足元を見るとそれまでとは違う花が咲いていて、ああ、そうか、と思う。数歩歩みを進めると、また違った香りと花。次から次へ、目まぐるしく変化する香りを感じていると、いつの間にか視覚ではなく、嗅覚で植物の変化を感じられるようになっていることに気が付いた。

花で覆われた家
いつの間にか花で覆われてしまった家。街のあちこちでのびのびと花やハーブが育っていて、人々はそれらとおおらかに付き合い、暮らしていた。

ひとくちにバラと言っても、種類が違えば香りも変わる。その繊細な変化に段々と気づけるようになるのが嬉しくて、ずっとあてもなく歩いていたい気持ちになった。古くからこの町に多くの調香師が暮らし、香水の町として名を馳せてきた歴史には、きっとこうした花とともにある生活があったからなのだ。

それは本を読むだけでは決してわからなかった、グラースという町の歴史。日頃から旅をする際には事前にその土地の歴史や文化を学んでいくのだけれど、こうして体験を通してしか知り得ないものもある。それを得られた時、より深くその土地を理解できたような気がして、もっともっと知りたいという気持ちが湧き上がってくる。

やっぱり思い切って旅に出てよかった。初日の夜は、そんな満たされた気持ちでベッドに入った。明日は早起きして、じっくりと街を歩いてみよう。

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