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長場雄のMore with Lessなアートワーク。「西表島のプリミティブな体験が、次の創作に繋がっていくんです」

白と黒。手書きならではのゆるやかな線の味わいと、コントラスト。最小限の情報で、最大限の想像力を掻き立てる「More with Less」な表現活動が魅力のアーティスト・長場 雄さんは最近、沖縄・西表島に魅了されているという。そのきっかけになったのは、西表島の自然保護を目的として活動しているUs 4 IRIOMOTE〉というプロジェクト。都心とは思えないほど豊かな緑が育まれ、木々に囲まれた集合建築の一角にあるアトリエで、先日2回目の西表島訪問を果たした長場 雄さんに話を伺った。

photo&text: asal

創作プロセスの始まりは、西表島の自然保護をめぐる旅

「西表島に行くと、文明から離れる感覚になります。都会にはない自然や空気感がとても気に入りました。都会にいると情報まみれになるので、プリミティブな体験が次の創作に繋がっていくんです」

〈Us 4 IRIOMOTE〉プロジェクトのキービジュアルを手掛け、次回のビジュアルを制作するために2回目の西表島訪問をした長場さんはこう語る。「今回は、染織家・石垣昭子さんの工房で特別に藍染め体験をさせてもらったり、マングローブの森でカヤックをしたり、前回と異なる経験ができました。実は5歳の長男と初の親子旅でもあって。やっぱりイリオモテヤマネコは簡単には会えないんですが、それが神秘的ですよね。夜の海で見たヤシガニは、美味しそうでした(笑)」

これらの体験を創作に移すときも、写真を見て描き起こすのではなく、記憶の印象を鉛筆で描くことから始めるという。「今回は現地で体験したことを絵にした方がいいという流れになりました。ちょうど新しいアートワークを描き始めたところです。海晒しや染色体験、カヤックなど、今回は子供たちも一緒だったので、そこで体験したエピソードの記憶を辿りながらそれぞれのシーンを描いています。」

貴重な長場さんのスケッチプロセス。海晒しをした際、足元まで浸かって海を歩いた体験が大胆な構図で描かれている。

長場さんが描いたビジュアルと映画『生流転』

長場さんのアートワークは、西表島の「自然」や「暮らし」を3年間にわたり撮影したドキュメンタリー映画『生生流転』のキービジュアルにも使用されている。その映画に登場するのは郷土歴史家の故・石垣金星さん。古謡から西表島の歴史や文化継承に貢献、エコツーリズム協会を立ち上げる。三線の名手でもあり、パートナーの昭子さんと、染織を復興させるための環境づくりを一から行った。海に木を植えて、稲作をして自分たちが暮らし作る上で必要なものを取り入れていったという。

「金星さんに実際にお会いする機会があったのですが、野生的で逞しいだけではなく、大自然と調和するとても温和な方でした」と長場さんは印象を振り返る。金星さんが著者として参加した西表島エコツーリズムガイドブック 『ヤマナ・カーラ・スナ・ピトゥ』 は、島の言葉で 「山・川・海・人」 を意味する。太陽、風、水、土、すべての変化を受け入れ、自然の法則に合わせて生きていくことを教えてくれる。

途絶えかけた島の伝統を次世代へ。沖縄県・西表島〈紅露工房〉の石垣昭子さんを訪ねて

映画にも登場する、石垣昭子さんの紅露工房で特別に染色体験をした長場さん。工房での染め上げが終わると、日光に照らした布を持って海へ向かう。「石垣さんの工房で染色を行った後、数分歩いた先にある海で晒し工程を体験しました。干潟から工房に戻るとき、靴が汚れたので裸足で歩いて帰ったんです。木の根が足の裏に当たってとても痛かったんですが、金星さんはすたすた平気で歩いていましたね、ワイルドです(笑)」

そういった体験から〈Us 4 IRIOMOTE〉チームとの取り組みも生まれている。「西表島にまつわるテーマやイメージをチームの皆さんと事前に共有して、オリジナルの作品を描いています。今回は海で育つ黄色い葉っぱを食べる経験が印象的でした。少しちぎって口に入れると潮の味がして、塩分を溜めている部分と教えてもらいました。今回のような体験で得たことを、改めて自分の中で整理して、ビジュアルにしていきます。それがカタログに載ったり、チャリティーグッズになったりしていますね」と語る長場さん。

プリミティブな体験と、プロセスを経て生まれるミニマルなアート

長場さんがデスクワークをするアトリエから徒歩数分。外光がたっぷり入る、天井の高いアトリエスペースは、大きな作品を制作する場所。

「ちょっと話は逸れるんですが、先日、個展で本の出版サイン会を開催した際に、ファンの方々と直接お話しする機会があったんです。自分は絵を描いているだけと思っていたら、受け手は日常の中で思いを膨らませてくれているんだと気づかせてもらいました」

そんな長場さんのクリエイションのプロセスの始まりは、A4の用紙に鉛筆で描いていくこと。「手を動かして描いてみて、いったんおいて、いくつか同時に進行させながら常に今手がけているプロジェクトが頭の片隅にある感覚です。まるで調味料の発酵期間のようですね。都会と自然を行き来して自分が体験したことや、コーヒーを飲んだり子供と公園を訪れたりする日々のことなど、五感からの刺激すべてが作品になっていきます。

西表島のプロジェクトのみならず、様々な方々と行っているコラボレーションも、大切な出会いと機会に感謝しています。これからも、一つ一つ、作品を作っているという感覚で取り組んでいきたいですね」と長場さん。

西表島の先人たちが受け継いできた生活文化や自然に魂が宿るように、長場さんが身体で会得した経験や日々の小さな発見、その積み重ねが、ミニマルな中にある力強さに繋がっているのだろう。自然な線と余白の可能性は無限に拡がっていく。