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背骨を持たない生物たちはどう生きている?『知られざる海生無脊椎動物の世界』展が開催中

ラッコのメイとキラが表紙を飾った水族館特集以来、海洋生物の世界が気になって仕方ない。同じ生き物である人間からすると、常にかなりしょっぱい水の中で暮らしているというだけで驚異だが、海にはさらなるあり得ない、想像を絶する姿や生態を持つものが存在する。そんな未知の領域でも圧倒的なのが、無脊椎動物の世界だ。

photo: Koh Akazawa / text: Asuka Ochi

海の中にも、いろいろな生き方があるようです

国立科学博物館で開催中の『知られざる海生無脊椎動物の世界』展。これまでスポットの当たる機会が少なかった無脊椎動物を主役に、パネルや映像、標本を通して、その不思議に迫る展覧会だ。背骨を持たない生物といえば、昆虫を筆頭に、甲殻類、貝やイカ、タコなどの軟体動物、クラゲやサンゴを思い浮かべるのが一般的だが、下欄の一部生物の図鑑を眺めるだけでも、とてつもない生命の世界であることは一目瞭然である。

「無脊椎動物は“脊椎を持っていない動物”とひとくくりにされがちですが、そうやって簡単にまとめて語れないほど、その種類も生態も全く違う生き物が数多くいます。脊椎動物を含む後生動物(多細胞の動物)を34のボディプラン(形などの特徴)で分類した場合にも、脊椎動物はそのうちのたったの1門(1グループ)だけで、残りの33門は無脊椎動物が占めている。つまり、地球上の後生動物のほとんどは無脊椎動物で、その世界がいかに多様なものであるかがわかるでしょう」

とは、展示企画・監修者の一人で国立科学博物館の研究者、並河洋さん。展示の冒頭では、その壮大さを表現した、ほぼ無脊椎動物の系統樹に驚かされる。さらに34門中33門の無脊椎動物のうち、海に棲(す)む種がいるのは31門。生命誕生の場である海が、いかに豊かな命を育んでいるかがわかる。

「キタユウレイクラゲのように、シロナガスクジラを超えて体長約40mにもなる大きな動物もいますが、無脊椎動物の多くは、サイズが数ミリ以下という世界です。海の中は海水に酸素が溶け込み、エサとなるプランクトンもそこら中に漂っていて栄養豊富なんですね。酸素が稀薄で空気中にエサも含まれていない陸上よりも好環境であるために、大小様々、ユニークに進化したいろいろな生物が見られる。脊椎動物は脊椎を持つことで大型化して繁栄しましたが、進化の過程で陸に上がるというのは、とても大きなイベントだったと言えます」

恵みの海だからこそ、幅広い生き方を許容できる。そこには珍奇な進化を遂げたものも多い。

「口と肛門が一緒のクラゲのような動物から、カニのように成長のために命懸けで脱皮する宿命を背負う動物、さらには肛門も臓器もない動物、動かない動物、極小なのにとてつもなく複雑な形態を持つ動物、群生や共生をしながら生きる動物など、海生無脊椎動物には我々人間の当たり前を遥かに超えて生きるものたちがたくさんいます」

例えば、キンチャクガニはエサを挟むというカニ本来のハサミの重要な役割を犠牲にしてまで、敵への威嚇のためにイソギンチャクを挟み続けて生きるのだという。ならば、エサはどう獲るのか……と、考えてしまうような共生の姿は我々からして切なく思えるが、その感情など到底わからないのと同じように、彼らは、彼らなのだ。

これまで知らなかった海の生き物の不思議な形や生態は、驚きとともに、決して一通りではない、当たり前とは違う生き方がそこにあることを教えてくれる。

「動物というと、人と同じように背骨を持っている哺乳類や魚は身近に思い浮かびますし、背骨を持っていない動物でも昆虫などは人気がありますが、それ以外にも今回の展示が、陸上ではあり得ない生き方をしている多種多様な動物がいることを知ってもらうきっかけになればと思います」

人間と異なるからこそ面白い、無脊椎動物の世界。あり得ないのはもしかして、彼らからすれば我々の方なのかもしれないと、ふと思いながら。

知れば知るほど面白い、海生無脊椎動物図鑑

イトマキヒトデ科の一種
体の作りが五放射相称。

ケヤリムシ
海水からエサを取り込む。

カイロウドウケツ科の一種
器官を持たずに生きる。

アオウミウシ
体の表面が変化したエラで呼吸する。

キンチャクガニ
イソギンチャクを手放さない。

ツツボヤ属の一種
集まって生きる。

ヤツデヒトデ
分裂しながら生きる。

エボシタマクラゲ
動くのをやめる。

ムカデミノウミウシ
藻と共生する。

ニッポンチンウズムシ
肛門を持たず腸のみで生きる。