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気になる海外の昆虫標本事情は?欧州インセクトフェア見聞録

海外の昆虫標本事情に精通する昆虫研究家の小林一秀さんが、日本とは一風変わった欧州フェアの雰囲気をレポート!

Photo&Text: Kazuho Kobayashi / Edit: Shogo Kawabata

欧米の標本フェア会場へ一歩足を踏み入れると、まず、その厳かな雰囲気に驚くだろう。カフェ&バースペースが完備され、ワインやビールを片手にした大人たちが無数の昆虫が並べられた標本箱を優雅に品定めする。販売会というよりは同好の士の社交場といった趣が強く、まるで1世紀前の富裕層の品評会に出席しているかのような感覚に陥ってしまう。子供から大人まで様々な世代の愛好家が集い、自分の求めるターゲットをいち早く手にしようとする熱気に満ちた日本のフェアに慣れていると、その空気感は別物だ。

日本とヨーロッパの昆虫との距離感。

日本では、ゲームを通じて昆虫の魅力を知った若者から、少年時代に野山を駆け巡っていた元虫捕り少年の大人まで、この趣味にはまり込む間口は幅広い。これは我々日本人にとって昆虫という存在が身近にあることに由来する。草むらを歩けばバッタが飛び出し、夏になればデパートにカブトムシが陳列される。

しかし、ヨーロッパはそもそも昆虫相が貧しく、草むらを蹴ってもバッタはいないし、夏の灯(ひ)に飛んでくる蛾も日本と比べたら驚くほど少ない。当然カブトムシをペットにするなんてこともない(昆虫を愛玩動物として飼うのは世界でも日本にしか見られない特異な文化である)。つまり、彼らにとって昆虫はあまり身近な存在ではないのだ。

しかし、それはかえってよりコアなコレクターを生むことに繋がり、フェアに参加するような愛好家はそれなりの情熱を持っている人物ばかり。このような背景があるためにヨーロッパのフェアは「円熟した大人のコレクターたちの社交場」と化す。

欧米と日本の人気昆虫の傾向。

各ディーラーが持ち寄る出品物にも違いが見られる。面白いことに、日本で絶大な人気を誇るクワガタの標本がヨーロッパのフェアではほとんど見当たらない。その代わりに、大型のカミキリムシや美しいタマムシがズラリ。これらは逆に日本のフェアではあまり見かけない。この傾向の違いは、なにもヨーロッパ人とアジア人の嗜好の違いが反映されているわけではなく、どちらかといえば、それは地理的なものが大きい。

日本ではカッコいい昆虫の代表として挙げられるクワガタも、実はそのような「カッコいい」種類は主にアジア周辺に分布しており、ヨーロッパやアフリカ、アメリカ大陸に生息する種類は少ない。反対に大型のカミキリムシの多くは中米や南米に生息し、そこにはかつてヨーロッパの植民地支配を受けた国々が多く存在する。

このように地理的に、そして歴史的に、日本人はクワガタを、ヨーロッパ人はカミキリムシを入手しやすいという背景があるため、自ずと会場で目にする昆虫には違いが表れてくる。

買うだけではないフェアの楽しみ。

前述の通りヨーロッパではそもそも昆虫への親しみを持つ人間が少ないことから、より多くの人々に昆虫そのものが持つ素晴らしさを伝えようとする努力が見られる。会場には博物館が出展しているスペースがあり、コレクター以外の来場者にも解説を行ったり、様々な学会による保全活動の発表なども積極的だ。

昆虫という趣味をいつまでも楽しむために、その昆虫を守る行動を起こすのは我々から……そういった意図をしっかりと感じることができる。

フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、ベルギー、チェコ……欧州では様々な国で頻繁にインセクトフェアが開催されている。昆虫学やコレクション文化発祥の地の「異文化」をぜひ一度体験してみてほしい。

The International Insect Exchange
Fair in Frankfurt am Main(ドイツ)

標本蒐集文化の歴史と栄華を今に伝える空間。

ジュヴィジーと双璧をなす欧州最大規模のフェア。毎年11月に開催され、100回を超える歴史があり、経済都市フランクフルトの中心で開催されるのでアクセスの良さは抜群!ドイツは大型昆虫のコレクターが多く、1匹100万円近いゴライアスオオツノハナムグリの標本などがずらりと並ぶ様子には圧倒される。

The International Insect Exchange Fair in Frankfurt am Main(ドイツ)の様子

このような標本は高嶺の花だが、眺めているだけで楽しい。コレクターだけでなく、研究者たちの出展が多いのも特徴で、購入以外にも最新の研究成果を第一線で活躍する本人と直接やりとりできるという魅力もある。

EntoModena(イタリア)

陽気なイタリアでは、フェアも陽気に。

ヴェネチアやミラノといったイタリアの主要都市から高速鉄道で2時間ほどの場所に位置する地方都市モデナにて、毎年4月と9月の2回開催される。地元の体育館のバスケットボールコート2面を使用した広々としたスペースで行われる、イタリア最大規模のフェアである。

比較的蝶類の出品が多く見られ、地続きで国境越えが自由なEUの特徴を生かして、隣国のフランスからも多くのディーラーが参加する活気と熱気あふれるフェアとなっている。またパニーニなどの軽食を扱うカフェが隣接しており、食事に困らないのも嬉しいところ。

Juvisy(フランス)

年に1度の虫の祭典。

毎年9月、木の葉舞い散る秋めいたパリ郊外にて行われるヨーロッパ最大規模のフェア。併設されたバーで出るサンドイッチもさすが美食大国といえるクオリティで、至れり尽くせりである。フランスはカメルーンなどをはじめとする、旧植民地の国々と深い関わりがあるため、それらの国の昆虫の取り扱いに強いディーラーが多い。

Juvisy(フランス)の様子

ヨーロッパのディーラーはそれぞれにパイプや強みがあるため、より専門性の高い出品物が期待できる。各国のフェアを比べてみると、出品物の傾向にも違いが見られて面白い。

AES Annual Exhibition and Trade Fair(イギリス)

大英帝国時代の昆虫文化の残り香を感じ取る。

毎年10月、ロンドンで行われるイギリス最大の昆虫フェア。標本フェアというよりは生体、雑貨、セカンドハンド品、学会発表など、なんでもありの虫にまつわる文化祭のようなアットホームなフェアだ。大英自然史博物館の出張ブースでは、学芸員がわざわざ足を運んで標本を並べ、昆虫の面白さや多様性について解説してくれる。

100年モノの標本キャビネット(複数の標本箱を収めるための収納棚)や、20世紀以前の古い書籍なども多数出揃い、ヨーロッパにおける昆虫文化の歴史を肌で感じ取ることができる貴重な機会となる。