50年代インドネシアの洗練されたジャズを、CDで
小西康陽の命名のもと、8月に発売されたマルシアル・ソラール・トリオ『Martial Solal “Trio”』の世界初のCD化を皮切りに、新レーベル 〈Série Teorema (セリエ・テオレマ)〉が始動した。
主宰者は『レディメイド未来の音楽シリーズ』などのマスタリングを手がけるマスタリングエンジニアの長野ビイト。毎回さまざまなゲストによる監修で、ジャズやワールドミュージック、ロックンロールなどのコンピレーションを発表するとのこと。
9月には、アジア各国を放浪し知られざるレコードを集めるDJ兼レコード店主の馬場正道が選曲、1950年代のインドネシアのSP盤をまとめた『KENANG KENANGAN』が発売された。
小西康陽
〈Série Teorema〉オーナーの長野ビイトという人は、埼玉・川越にあるレコード店で、再発レーベルも運営する芽瑠璃堂の2代目になる御曹司。自社で扱っている古いオールディーズやリズム&ブルースの音源をずっとマスタリングしてきた人です。
僕が選曲した『レディメイド未来の音楽シリーズ CDブック篇 #04 恋愛に倦きてしまった』(2021年)の作業をしていて、マルシアル・ソラール・トリオの音楽を聴き、突然覚醒したらしく、自分のレーベルを立ち上げた。気づいたら、さまざまな人に声をかけていましたね。その中に馬場くんの名前もあったんです。
馬場正道
2005年頃、友人に誘われ渋谷〈オルガンバー〉で開催されている『BY-PASS』へ行き、小西さんと初めてお話させていただきました。当時は埼玉奥地の大学へ通っていましたが、誰とも趣味が合わず、毎日図書館で本を読んだりしていて。
同時期、レンタルビデオがDVDへ移行中で、VHSの在庫が100円で投げ売りされていたんです。
その中に、古いオールディーズや日本の歌謡曲のコンピレーションも売られていて。近所で買い漁っているうちに楽しくなったんです。青春18きっぷを使い、全国のレコード屋も回りました。
小西
出会った時は、古い日本のポップスを収録したミックスCDをいただいて。朝丘雪路や前田武彦など、全然知らない曲ばかりで驚きました。デューク・エイセスの話で盛り上がったりして。
馬場
クラブへ行き始めた当初、人混みが苦手で。小西さんはとても優しくしてくれました。学校では音楽の趣味が合う人がいなかったけど『BY−PASS』には似たような人たちが集まっていて居心地がよかったんです。
小西
僕がクラブでDJを続けている理由は、レコードが好きな人と出会いたいから。たくさんの人と出会いましたが、馬場くんは特別。今も教わることばかりです。
観光よりレコード屋へ
小西
大学を卒業する頃、薬剤師の試験を受けていたよね?
馬場
1回落ちました。小西さんに話したら、僕が着ていたレディメイドのTシャツに「がんばれ」と書いてくれて。今でも大事に持っています(笑)。試験前の春休みに初めて上海へ行き、合格してからフィリピン、その後に3ヵ月ほどインドネシアに滞在して。ずっとレコード屋さんばかり通ってきたので、今でも観光は一切したことがない。
小西
わかる(笑)。でも、僕は今、ちょっと後悔しているんですよ。毎年のようにパリへ行っていたんだから、もっと教会とか行っておけばよかったなって。でも、今の馬場くんに言ってもわからないだろうな。
馬場
多分そういう場所に行っても、頭の隅ではレコードのことを考えてしまいます。
小西
帰ってくると、現地で買ってきたレコードを集めたミックスを持って、パーティに遊びに来てくれる。現地での苦労話も毎回楽しみなんですよね。
馬場
インドネシアなど、アジア各国へ行き始めた2007年頃は、まだレコード屋の情報が少ない頃で、現地の人へ説明しても、必ずCD屋へ連れていかれた。だから、7インチレコードを一枚携え「こういうものを探している」と説明して。まずは、レコード屋さんの場所の聞き込みから始めていました。
小西
探検に近い。
馬場
そうですね。若い人たちはレコードというもの自体を知らず、まだ価値もついていなかった。それで何度か行っているうちに「このラベルのものはジャズっぽい」とか、段々レーベルの音楽性を理解し始めました。タイミング的にもラッキーで、自国の音楽の価格はまだ安かった。均一500円くらいで売られていました。現在は海外のレコードバイヤーが目をつけ、値段が上がっています。
インドネシア音楽の魅力
小西
10年ほど前に、馬場くんからインドネシアのジャズを集めたCDをいただいて聴いた時は「こんなに洗練された音楽をやっている国だったんだ」と、本当に純粋な驚きがありました。
もっと言うと、ずばりアメリカの音楽に影響を受けている。世界中のいろんな国が、アメリカのジャズに影響を受けた音楽を作っているんだけど、その中でもインドネシアは、すごくソフィスティケートされていると感じたんです。
馬場
『KENANG KENANGAN』にも、そのミックスに入っていた音源がいくつか入っています。今回はすべてSP盤の音源ですが、結構ノイズが多く、録音に苦労したんですよ。
小西
でも昔のレコードって、ノイズはあっても音はすごく良いんですよね。特にSP盤の電気を使わないプレーヤーとか、本当に音が良いと思う。今回の『KENANG KENANGAN』も、僕はオーディオの専門家ではないのでオーディオ的な意味で良い音になっているかはわからないけど、音楽自体の素晴らしさは伝わってくる音になっていると思いますね。
馬場
SP盤は扱いが難しいので、再発もあまりされてこなかったのかもしれません。
小西
CDの前半は、男性陣のチャントやコーラスが入っている曲が多いですよね。実は全部同じ人たちが歌っていたりするかもしれないけど(笑)。
馬場
もしかしたら、レーベル専属の音楽家がいたりして。
小西
世界中どこの音楽業界にもトップミュージシャンみたいな人たちがいて、実はほとんどその人たちが歌っているとかもありますよね。
馬場
1曲目から7曲目までは西スマトラ州出身の音楽家たちが演奏しているミナンの民謡が中心。それからスラウェシ島の曲などを経由して、真ん中に少しだけオルケス・ムラユー。後半はほとんどジャカルタの音楽で、アムステルダム音楽院で学び、帰国後、民謡などの音楽とジャズの橋渡しをしたピアニスト、ニック・ママヒトがバックで演奏した曲を多く入れました。
小西
長野ビイトくんは長年、古い音楽のマスタリングに携わってきただけあって、音質のバランスもバッチリ。テクニック的に秀でているだけでも音楽的な知識があるだけでもできない。
馬場
同感です。ただノイズを削除し、きれいな音にしただけではないんですよね。僕はボーカルが耳元でささやくように生々しく鳴り、乾いたリズムの通りがいい、50年代のSP盤の音質が一番好きなんです。そんなポイントも、ビイトさんは再現してくれていると思います。
いつかは現地へ?
馬場
インドネシアに行く時は、毎回小西さんをお誘いしているんですが、一度も実現したことはなく……。
小西
女性もみんなきれいだと聞いた時は、さすがにちょっと迷ったけど(笑)。でも、集めているものが違うから。
馬場
今後〈Série Teorema〉でどんな企画があったら聴いてみたいですか。
小西
まずは『KENANG KENANGAN』のバイナルレコードが欲しい。SP盤と同じサイズだから、10インチ5枚組とか。馬場くんは耳が良いので、アメリカやイギリスの古い音源をまとめたコンピレーションでも、ほかの人とは違う選曲になるだろうからぜひ作ってほしいです。一番聴いてみたいのは、馬場くんの和モノミックス。あんまり売れなそうだけど(笑)。