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世界最高の紅茶を生む特別な地、インド・ダージリンの秘密〜後編〜

茶の生産が始まってわずか150年。茶の長い長い歴史から見ればまだ新興産地だ。ではなぜこれほど有名になったのか。それは、できた紅茶が他に類を見ないほど優れていた、という事実に尽きる。世界の紅茶で最も高値で取引される逸品。それがダージリンだ。その地にはどんな秘密があるのだろうか。

Photo: Tadashi Okochi / Text: BRUTUS / Coordination: Wise Connection Tours (P) Ltd

気候、土地、そして人。
どれが欠けてもこの香りは生まれない。

今回の取材は、日本のインポーターである〈リーフル〉の山田栄代表の買い付けに同行しながら行った。同社は90年代初めから現地買い付けをスタートしたという業界の先駆けで、今でも年3回、この地を訪れてサンプルを試飲、輸入している。

今回の訪問は春、ファーストフラッシュの最中。毎年3〜4月がこの時期だが、その年の気候によっても変わり、今年はやや遅めだ。

ダージリンは、遠い。まずデリーやコルカタなどの都市から起点となるバグドグラまで飛ぶ。そこから四駆で急な山道をおよそ4時間。未舗装の悪路も多く、ガードレールもない路肩の先は、比喩でなく本当の奈落。

道沿いには「運転しよう、空は飛ぶな!」などという物騒な標語が並んでいる。あちこちにあいた穴で車はジャンプし、また落石や土砂崩れの跡をかわす、なかなかハードな行程だ。

ようやく辿り着いたダージリンの街は標高2100メートルを超え、深い霧の中にチベット寺院が点在する別世界。建ち並ぶ民家の軒先を、世界遺産になったトイトレインという、その名の通りオモチャのような蒸気機関車が、一生懸命よじ上っていく。

ダージリン・ヒマラヤ鉄道
ダージリン・ヒマラヤ鉄道は19世紀末から120年以上も変わらず走り続けるミニSLで、世界遺産にも登録された。

下界が気温40度を超えるような炎暑でも、ここまで来れば打って変わってひんやりと涼しく、夜は暖炉に火が入るほど。まさにヒマラヤの懐に飛び込んだような環境だ。

今回訪れたのはみな人気も高いトップクラスの生産者。
それぞれの農園ではマネージャーが出迎え、バイヤーにそのシーズンの出来具合や特徴などを説明しながら、短時間で複数のサンプルが試飲に供される。サンプルはロットごとに異なる味・香りで、中には明瞭に“マスカテルフレーバー”が現れているものもある。

これはダージリン特有の香気で、その名の通りムスクにも似た、熟した果実のような甘い風味。どの農園もそんな自慢のサンプルを並べ、バイヤーはロットごとの個性を比較しながら、商談が進められていく。

ダージリンの紅茶は西ベンガル州の州都コルカタが集散地となっている。鮮魚でいう築地市場のようなもので、ここで開かれるオークションにかけられる量も多い。

農園はどれも
個性豊かな顔を持つ。

一方で、プライベートと呼ばれる、バイヤーと農園との直接取引(厳密には間にエージェントと呼ばれる業者が介在するが)もあり、農園によっては生産量の3割から5割にも及ぶ量がこれにより売買される。

ここではどの優良ロットをどのバイヤーが買うかが農園との関係で決まる面も多く、付き合いによって優遇されるバイヤーには当然、いいロットが優先的に提示される。古美術商と上客のような関係だ。

本当にいいものは少なく、ではたとえ訪れてもまともなブツは見せてももらえない、というのはどの世界でも現実である。

有力バイヤーは特に優良な農園と取引を続けており、それぞれの最上級品を多く買っている。農園側もそういったバイヤーのためには特別に区画を設け、オーダーメイドの少量限定品を作ったりする。ワインでいうプライベートキュヴェのようなものだ。こうした相互の信頼関係は強く、この地での取引の基盤になっている。

今回の訪問は人気農園、マーガレッツホープに始まった。

試飲室には選り抜きのサンプルが並べられ、テイスティングが始まる。絶えず寒暖の差があること、濃い霧が葉の生長を抑えて風味を濃縮させること、雨が多いが急斜面で水はけがよいこと……。マネージャーからは自慢の茶樹を育てるための条件が次々に説明される。

〈リーフル〉を先駆けに、近年は他のインポーターもこうして日本から現地へ買い付けに赴くようになった。フランスやイタリアへ、日本の業者が競ってワインの買い付けに行くのと比べれば、まだまだ規模は小さいが、こうしたインポーターの努力で、日本の消費者にとっては選択肢がどんどん増えている。

言い換えれば、これまでで最もおいしい紅茶を選び、楽しめる時代がやってきたわけだ。今後もこの動きはますます加速していく可能性が高い。どんな嗜好品であれ、一度でも違いを知った消費者は元には戻れないものだから。
その意味でもダージリンは先駆けかもしれない。

コーヒーの世界では、すでにこうした動きが“スペシャルティコーヒー”という呼び名も新たに、世界規模に広まっている。このトレンドは本誌でも2007年春の特集でレポートした。

お茶の世界でもこうした動きの影響を受けて、複数の産地で新たな評価と流通の枠組みが整ってくる可能性は十分にある。少なくとも飲み手にとって、それは歓迎できる未来であるはずだ。