観客が夢中になる姿に、自分が映画を撮る理由を見失いかけた絶望が蘇るから
『街の灯』は映画そのものより、初観賞時の客席の空気が忘れられません。一度映画から離れて、再び撮り始めた2000年代後半に、飯田橋ギンレイホールで観て、映画を作るのがイヤになるような観賞体験でした。
僕も楽しく観てたんですよ。チャップリンと自殺志願者のドリフのようなやりとりや、有名なボクシングシーンには笑ったし、盲目の女性との交流にも感動した。でも上映が終わって劇場から出た時、ふと気づいたんです。全員が何度も同じタイミングで笑い、すすり泣き、最後は満足感に浸っている。
帰り際のあの空気、観客たちの表情……70年以上前に撮られた作品に現代の観客が夢中になっている光景はなかなかに衝撃的で、映画の素晴らしさを感じるとともに、これから僕が映画を撮る意味はあるのかな、と本気で思いました。
山下敦弘監督の『リアリズムの宿』では「自分のつくりたかったものが既に存在する」ことに衝撃を受けましたが、それとも違う絶望でしたね。僕は、年に1本しか映画を観ない人も、シネフィルも満足させたくて映画をつくってます。その意味でも『街の灯』は理想の一本ですね。
今回久々に観たら、ベタな笑いのシーンが意外としつこくて、ちょっと退屈しましたが……(苦笑)。でも本当にすごい映画。劇場で体験できるのが一番だと思います。