坂口恭平
ジムくんは、世間が言うところのイマジナリーフレンドなんだけど、つまりは先祖からの遺伝子だと僕は思っている。
鬱の時、なぜか僕はいつも船の上にいるんです。親がいない一人の少年が真っ暗い海の中、漕ぐものも持たずに浮いてるというシーン。それが僕の鬱の原風景。それで気になって先祖巡りをしたことがあって。調べたら自分の先祖はどうやら倭寇で、熊本の海域で貿易をしていたみたいなんです。
それを知った時、ジムの人物像がめちゃくちゃ重なって。多分ジムは、僕の大元の人なんだと思う。そんなジムから僕は、「感じたことはすべて現実になるから行動に移すんだよ」と教わりました。そしてそのために大事なのが、事務です。
ジム
みなさん事務を勘違いしていますが、事務は創造と別個の行為ではありません。むしろ大切なのは、事務こそが創造の原点だということ。
坂口
自分がやってみたいことを実現するためにどうすればいいか。ワクワクドキドキの冒険をどうやったら可能にするか。すると事務員のジムが出てきて、焦っている僕に優しく声をかけたり、いろいろツッコんだりしてくれる。
わかりやすいように、少し具体的な話をしましょう。高校時代、当時付き合っていた彼女がリストカットをするような子だったので、心配で深夜に寝かしつけに行っていたんです。それを母ちゃんが気づいて、いろいろ心配してくるんです。
ジム
その時私は、医者になりたいから、今はインターン中なんだと言いなさい、と伝えましたね。話が通じる相手なら、その行動こそ本質的な医学の勉強につながると考えるだろう、と。
坂口
でもそんなこと言ったら、この子何言ってんだ⁉ってなりますよね。ちなみに当時僕は建築家になりたいと言っていたんですが、大人たちからは医者になりなさいと言われていたんです。
ジム
そこで今度は、「お天道様が見ているよ」という“お天道様方式”を伝えました。
坂口
お天道様が見たら、僕と母ちゃんと、このリストカットしてる彼女。どの人が一番困ってると思います?って。そしたら母ちゃん、なんて答えたと思います?「私」って言ったんですよ。いやいや、どう考えたって彼女じゃないですか
ジム
そういう時にはどうすればいいかというと、1秒も1ミリも頭に入れないことです。無駄に否定する必要はないんです。そして、言い返す必要もありません。すべて、(僕のことを思って言ってくれて)「ありがとうございます」と言って、聞き流す。“ありがとう術”ですね。
坂口
そこに関してジムは本当に徹底していた。興味がないところには1ミリも近づく必要はないし、やりたくないことは一切しちゃダメだと。
ジム
だから恭平さんは、しつけ界のメジャーリーガーなんです。みんな持ち点を持って生まれてくるのに、大人のエゴや否定をされることで持ち点が減っていってるんです。かといって、持って生まれたものを磨く必要もない。
磨く=今あるものをもっと良くするというイメージがありますが、そうではなく、ただ守ればいい。あなたが今持っているもの全部が素晴らしいのだから、周りに同調して、削られ、つまらなくなる必要はないんです。
坂口
そしてジムは、「人の言うことを絶対に聞くな。だけど、経験者の意見はちゃんと耳に入れなさい」と、大切なことも教えてくれた。
ジム
経験者の姿を見て、方法を聞くのはいい。でもそこまでです。それはその人のやり方ですからね。
坂口
やりたいことを実現するためには、同時に自分を完璧に守ることも大切なんだよね。徹底的な攻撃と防御が一体化した武術みたいな技を、ジムは僕に授けてくれる。それが事務であり、生き延びるための処世術。
今僕が「いのっちの電話」と呼んでいる死にたい人のための電話サービスでやっていることは、要はジムが僕にしてくれていること。僕にはジムがいたから、周囲から否定されても不安じゃなかったし、夢を実現することができた。ならばもう、次はこれを本に書くしかないと思ったんだよね。