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京都の「余白のある店、余白のある人」。清水五条〈池半 分室〉

素晴らしい空間やサービスだって、提供する側にも受ける側にも気持ちにゆとりがないと楽しめない。私たちにほかでは得難い体験を与えてくれる名店の主たちはなおのことだろう。いま京都を代表する茶館〈池半 分室〉の店主に聞いた、店のあり方と、“京都の余白”。

本記事は、BRUTUS「京都の余白。」(2025年10月1日発売)から特別公開中。詳しくはこちら

photo: Yoshiko Watanabe / text: Mako Yamato

たゆたう鴨川を眺めつつ、茶とともに。過ごすは茶室か、それとも宿か

暮らす人にも、旅する人にも。京都で好きな場所として真っ先に名前の挙がるのが鴨川。「学生時代を過ごした京都へ戻った時、改めて実感したのが鴨川の存在感。拠点を構えるなら、やはり近くがよかった」と振り返るのは、店主の小嶋万太郎さん。

今はなき愛知・瀬戸の窯元〈池林堂半七〉にルーツを持ち、幼い頃から茶道具や古物に触れる機会も多かったという。道具があれば茶に興味を持つのも自然の流れかもしれない。茶の湯から文人煎茶まで、さまざまな茶を学んできた。

2015年に町家宿〈鴨半〉を開くと、その並びに構えたのは宿泊者をもてなす〈茶室/茶藝室 池半〉。24年には井戸を掘り、ホテル〈鴨半 母屋〉と誰もが気軽に足を運べる茶房〈池半 分室〉を作り上げた。打ち放しのコンクリートに取り合わせたのは時代を経た家具や道具。

喫茶で楽しむ茶2,200円。写真は小嶋さんが自ら製茶した土佐釜炒玉緑茶。貴重なものも惜しまず使われる茶道具もまた、見どころの一つである。

「わび茶の祖といわれる村田珠光の言葉に“和漢のさかいをまぎらかす”というものがあります。ここでは現代の日本における侘(わ)び寂(さ)びを表現したかった」と言う。古美術やアートの蒐集家(しゅうしゅうか)でもある小嶋さんによる、新しい美意識で満たされている。

〈鴨半 母屋〉は階段状に仕立てた空間から、鴨川を望む宿。1フロアに1室のゆとりが、眺めをますます贅沢なものにしてくれる。

その1階にある〈池半 分室〉では、稀少なものも多い茶葉から好みのものを選べば、あとは気ままにというスタイル。何煎でも自由にと、時を惜しまないもてなしが、心を緩やかにほぐしてくれる。

「現代人の感覚からすると茶を淹(い)れて飲む時間は、時に非生産的に思えるかもしれません。けれど普段の次元から一歩離れてみると思い浮かぶものも多く、実は生産的と言えるのでは。だから僕は茶の世界に身を置いたのかもしれません。ここではあまり親しくない人たちが、茶を介してコミュニケーションを図る様子を見ることもしばしば。家に造られなくなった応接間や茶室の役割を果たしていると感じることも」と小嶋さん。

宿も茶室も。鴨川ほとりにて、茶を通して人と時間を緩やかにつないでいるのだ。

ガラス窓の向こうに鴨川。前庭は鴨川へとつながる野趣を感じさせる仕立て。

余白のある名店〈池半 分室〉の主が語る、京都の余白

無炎の火床、凝縮された巡礼。心に間をもたらす静けさに浸る。

山が都市のすぐそばに、三方に聳(そび)える。川が自然の姿を保ちながら町の中心を貫き、気の流れを形作る。山から望む古都の街並みには空の余白があり、それこそがこの町の力の淵源だと感じます。送り火を待つ〈大文字山〉の火床は不完全で、むしろ空白を想起させます。

身近に登山ができる〈大文字山〉
比叡山から稲荷山まで連なる東山三十六峰の一つで、標高は465m。毎年8月16日には五山の送り火が行われ、「大」の字が灯ることでも知られる。登山ルートのうち、最もポピュラーなのが銀閣寺ルートで火床までは50分ほど。京都御苑や下鴨神社、平安神宮の大鳥居や京都タワーから、京都の街を囲む山々までを一望の下にする景色は圧巻だ。小嶋さんが登るのは地下鉄蹴上駅に近い日向大神宮から、山頂を越え火床に下りる蹴上ルート。こちらはの所要時間は2時間ほど。

〈御室八十八ヶ所霊場〉は、四国全土を巡る長大な巡礼を1山2時間に凝縮。縮約されることで精神的な広がりが生まれます。「この余白をいかに満たすか」。答えは私たちの心の在り方に委ねられています。

〈御室八十八ヶ所霊場〉で巡礼の旅
その歴史は古く、文政10(1827)年に遡る。四国での巡礼旅が困難だった当時、仁和寺第29世門跡・済仁法親王の願いにより四国八十八ヵ所霊場の砂を持ち帰り、裏の成就山に埋めて88のお堂を建て霊場としたのだ。仁和寺西門から始まる巡礼の所要時間は約2時間で、同じ御利益があるとされる。自然豊かな参拝道は杉の木立と土の匂いに包まれ、歩くほどに心が癒やされていく。絶景スポットからの眺めも、巡礼を印象深いものにしてくれる。

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