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こういうふわーっとしたレコードもいいよね。『If I Could Only Remember My Name』デイヴィッド・クロズビー。バラカンが選ぶ夏のレコード Vol.28

ピーター・バラカンが選ぶ32枚のレコードストーリー。「ピーター・バラカンがオーナーのリスニングバー〈cheers pb〉で夏にかけるレコードの話を聞きました」も読む

illustration: TAIZO / text: Kaz Yuzawa

『If I Could Only Remember My Name』David Crosby(1971年)

こういうふわーっとした
レコードもいいよね。

気がつけば、このアルバムも発売50周年ですね。多いなぁ。そして来年もまた、50周年作品がさらに目白押しになるわけです。こうして振り返ると、1970年代初頭というのはホントにすごいことになっていたんだなぁと、改めて思いますね。

果たして作った彼らは、50年後にこのように祝われるアルバムになるなんて思っていたでしょうかね。少なくともこのアルバムについて言えば、デイヴィッド・クロズビーは露ほども思っていなかったんじゃないか、と想像しますが。

というのは、このアルバムの制作に入る直前、当時のガールフレンドが交通事故で亡くなってしまい、彼の精神状態はどん底まで落ちてしまったんです。クロズビーは曲をまったく用意できていない状態で、サンフランシスコ郊外のスタジオに入りましたが、憔悴し切っていたせいか、本人はそのときの記憶がほとんどないと言います。

でも、そのスタジオはグレイトフル・デッドやジェファスン・エアプレインやクイックシルヴァー・メセンジャー・サーヴィスなど、サンフランシスコ在住のミュージシャンたちが毎日のように集まってくるようなスタジオだったそうです。落ち込んでいたクロズビーも、いつの間にか彼らとセッションするようになり、ほとんど即興のような形で出来上がったのがこのアルバムなんです。

でも僕は、最初に聴いたときからこのアルバムは紛れもない名盤だと感じました。そのふわーっとした感じがよくて、ヒマなときにボーッと聴いていると、すごく気持ちのいい時間が過ごせるはずです。

アルバム・タイトルの「If I Could Only Remember My Name」(私の名前を思い出せればなぁ)は、クロズビーの当時の精神状態を表しているものだと思いますが、それを知らずに聴けば究極の心地よさが全編に漂っている、まさに夏の日の午後に聴きたい作品です。

ところで先日発表された『Déjà Vu』50周年盤に「Laughing」の素晴らしいデモが収録されていました。このアルバムには採用されず、こちらで日の目を見たわけです。

David Crosby

side A-4:「Laughing」

ふわーっとしたアルバムの最もふわーっとした柔らかな部分。ジェリー・ガルシアがペダル・スティールで、ジョウニ・ミチェルとグレアム・ナシュがコーラスで参加して、宇宙サイズのふわーっ感を提供しています。前年発表されたCSN&Y『Déjà Vu』のクロズビーとは正反対の月の裏側。