笑える短歌は、不穏な短歌
「芸人さんは言葉に気を使う職業なので、短歌に向いているのだと思います。ここで決めなければいけないという一言に、自分を賭して向かっていく。言葉に対する集中力が、短歌との相性の良さだと思います」
そう語るのは、初歌集『わるく思わないで』を発表した歌人で作家の井口可奈さん。芸人が短歌を寄稿するZINE『芸人短歌』を企画編集し、本誌で連載「お笑いライブ偏愛日記」も担当する。今回は親交のある3人の芸人が歌集から1首選び、歌評を執筆した。井口さんにとって、短歌におけるユーモアとは。
「不穏な笑いが好きです。例えばラーメンズには怖いネタが多いし、”怖いコント”という一つのジャンルもある。短歌におけるユーモアもどこか不穏さを呼んできて、私はそれと歩いていくのが好きなんです」

2021年に『芸人短歌』を企画編集、22年に小説「かにくはなくては」で第4回ことばと新人賞佳作を受賞した井口可奈の第1歌集。ユーモラスで痛快な300首以上の短歌を収録。第11回現代短歌社賞受賞。現代短歌社/2,750円。
芸人たちが選んだ井口可奈の一首
選んだ人:大久保八億
35歳。とてもおおきいごま油。わたしはそれを使い切るだろう。
ガキ使の企画で、初キスの年齢を聞かれた和田アキ子さんが「15歳、公園」と言って歯切れの良さの笑いが生まれていました。この回答と歌との相似からも感じるのですが、井口さんの歌はリズムとブルースだと思います。
選んだ人:谷口つばさ
長い川だったそんなの知らなくてちょっと連れ添うだけのつもりで
何となく始めたことが一生続いたりする。「この川の終わりまで一緒に歩くよ」で、振り返ったら「こんなに歩いたのか」と驚くこともあるだろう。散歩も仕事も人生も「ちょっと連れ添うだけのつもり」で続いていく。
選んだ人:鈴木ジェロニモ
春の夢てりやきチキンサンドから飛び出してくるてりやきチキン
「てりやきチキンサンド」を握る手にほんのり力が入る。するとこちら側に、もしくはあちら側に、チキンがにゅっと「飛び出してくる」。社会が商品名に拘束した本質を不意に解き放つ。本気の寝言はこんなにうつくしい。