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別格の熟成ナチュラルワインを、初心者にも。兵庫の酒場〈Nadja〉

目も舌も肥えた客が長く通い、全国から多くの同業者も訪れて学び続ける、いわばレジェンドの酒場。尼崎の1軒を紹介したい。

初出:BRUTUS No.1005「旅したい、日本の酒場。」(2024年4月1日発売)

photo: Yoshiki Okamoto, Kunihiro Fukumori / text: M. Terashita

ドアのすぐ手前まで押し寄せて、溶岩流のように迫るワイン箱の数々。扉を開けて、ここは倉庫なのか?とたじろいでも、引き返すべからず。ゆったり20坪のフロア約3分の2は、うずたかく積まれたワイン箱が占めるストック(熟成)スペース。客席はその残り3分の1のみで、膨大なワイン圧も相まって、客には肩身が狭く思えるが……。

ここ〈ナジャ〉こそ10年、20年と熟成を重ね、香りと滋味の奥行きを増したナチュラルワインに、誰もが出会える(奇跡の)バーなのだ。大阪・梅田駅から最寄りの塚口駅まで各停でわずか12分。所在地は兵庫県だが、市外局番は大阪市と同じ06。

開店は1997年。通称“奥の院”と呼ばれる別室も含め、優に3000本以上。その約8割が2000年前後から収蔵し始めたナチュラルワインだ。店主・米澤伸介さんは、かつて大阪市内のホテル勤務時代、宴会場でもボルドー1級シャトーやDRCを大量に開けていたという経験を持ち、目利きは30年以上。

「クラシックワインはもちろん、ナチュラルでも。ワインは熟成させてあげることが大切だし、そこが面白みでしょう。10年とは言わずとも、5年ほど寝かせてあげるだけで、リリース直後とは見違えるほど、味と香りのスペクトラムが鮮やかになって、華やかさと旨味のバイブレーションが増す。そこを感じてもらえたら」と真摯に語る。

コレクションは、今や半ば幻の造り手にもなりつつある、クリスティアン・チダ、ダニエル・サージュ、ジェラール・シュレール、そしてミトピアなどなど無数。しかもこのバーのありがたさは、普通なら(仮にあったとしても)常連用になりがちなプレミアムなボトルを、初めての客でも開けるという寛容さである。

「さすがに、初見で第一声からレアものばかり狙い撃ち的に注文されるのは困るけど。カウンターを挟んで少し話して、“あぁ、この方、ワイン本当にお好きなんだなぁ”ってわかれば、出し惜しみしませんよ。要はコミュニケーション力ですかねぇ。酒場なんで」と米澤さんの微笑と言葉は、いつもワインとそれを愛する客への慈愛に満ちている。

そして。今日も人々は。特別なナチュラルワインを求め、旅に思いを巡らせる。もちろんパリやローマもいいかもしれないが……それに比する心の震えに、この南塚口町の静かな住宅街の、なにげないドア奥への旅で、出会えるはずだ。

兵庫〈Nadja〉店内
山と積まれたワイン箱の合間をくぐり抜けて、カウンター席に辿り着こう。店主と、選ばれたボトルに向き合うスペシャルな時間が待っている。