「中学生の頃、VOCALOIDや歌い手が流行っていました。現実に存在しないものが生きていて、時に死んでもいく。昔から仮想のものに創造性を感じていました」
バーチャルシンガーの花譜や、花譜の歌声をもとにした音声合成ソフトウェアである音楽的同位体「可不(KAFU)」など、彼女たちが所属する音楽レーベル神椿スタジオは箱推し中だ。
10代で出会った“分身”は大きな影響を与える。学部時代はロボット工学、人工知能、認知科学を研究し自分の分身の人型アンドロイドを作る石黒浩の研究室に所属した。
「身体を持つロボットと仮想空間のアバターは真逆の研究ですが、これからは自分が生まれ持った身体で生きなくてもいいということは共通します」
現在取り組む『Project 5050』は、5050年の世界をイメージしたバーチャル空間に入り込むプロジェクト。5050年の世界にもう一つのペルソナ「N390164(390はさくま、164はひろしと読む)」を作り出している。誰もが選択的にペルソナを演出できる未来に自らが入り込み、研究や活動を通じて未来を実現していくという取り組みだ。
理想の未来を逆算して課題を浮かび上がらせる
2020年、学部4年生(当時)であるにもかかわらず、内閣府が募った2050年に起こる未来の研究開発課題を選定するための「ムーンショット型研究開発制度」で異例の採択を受けた。佐久間は「科学技術による『人類の調和』検討チーム」でリーダーを務めている。
「ムーンショット」とは、ジョン・F・ケネディが「アポロ計画」のスピーチで使った、月に向けたロケットの打ち上げ(moon shot)を指す言葉だ。当時の技術では不可能といわれていた人類月面着陸を成功させたことから「実現困難だが達成すれば魅力的な目標に挑む」という意味で使用される。
「ムーンショット型研究で重要なのは未来をバックキャスト(逆算)することです。“アポロ計画”は人類月面着陸というゴールから逆算することで実現しました。つまり理想の未来像を定義してから逆算し、その像と今の研究開発や社会実装とのギャップを調べることで必要な科学技術が見えてくる。すでにある技術をもとに未来予測をしても、高度な専門知識がある分、思考が狭まり、偏りが生まれ、想定の範囲外の突飛な発想が生まれにくくなります」
佐久間のチームが目指すのは「人類の調和」だ。
「伊藤計劃の『ハーモニー』が好きなのですが、前半は社会が健康・幸福であるために個々が優しく寛容であることを強制している一方、後半は逆に人類の意識を喪失させ人類を一つにしてしまう。両極の社会が描かれます。僕はこの中間に位置する未来を描きたいと思っています」
このチームのサブリーダーを務めるのは京都大学助教の井上昂治。佐久間は井上に背中を押されて「ムーンショット型研究開発制度」の応募に踏み切った。
「僕の恩師である石黒先生と、井上先生の恩師である京都大学の河原達也先生は研究パートナーです。石黒先生は、壮大な未来を描き、周りを巻き込んでいくのですが、河原先生はその壮大なビジョンと現実の距離を手堅く埋めていくという、相補的に研究が実現していく関係性です。この恩師同士の関係性を、井上先生と作っていきたいと2人で話しています」
直列アップデート型の学び
チームの研究調査過程では、幅広い分野で専門知を持つ有識者に意見をもらうために、100人の有識者のところへ直接足を運ぶ。
「横一列に共通の質問をして、断片的に並列的に知識を集めるのではありません。縦型探索で、直列的に知識を積み上げていく必要があります。前に聞いた話をアップデートし、読むべき専門書も教えてもらって読む。専門家に読むべき本を聞くと無駄もない。そこで得た知識を蓄えて次の方に話を聞く。進化しながら次の人の話を頭の中に入れていきます」
直列型の学びは、書店での本の選び方からも窺える。
「書店員さんによって編集された書店の棚には、これまで体系化された知識を見ることができます。全く知らない世界のことでも、すべての本棚を回ればどんな本が中心的で、注目されているのかがわかります。ざっくりでも世界観が掴めれば、どの本を読むか、どんな人に話を聞くかもわかると思います。大型書店では一番上の階から全フロアを歩き、全ジャンルの本をチェックします」
研究領域とは違うジャンルの本でも積極的に手に取る。こうした知識への思いは、家庭での影響が大きい。
「“人が生きている限り、奪うことができないものがある。それは知識である”というユダヤの言葉をはじめ、知識を身につけることが大事だと聞いて育ちました。だから本を大切にしたいという思いが強いです」
学術書以外にも、SFに関する漫画や小説も好んで読む。取材に持参した『クジラの子らは砂上に歌う』『宝石の国』『きみを死なせないための物語』は“知識”が物語の重要なカギとなる。
「SF漫画の結末で、“ある一つの事実や知識”が物語のトリックになっているというカタルシスがありますが、そういった知識がもたらす大転回は現実の私たちにも起こり得ることだと想像するのが好きです」
先端技術に身を置いてはいるが意外にもメモはすべてアナログ派だ。ノートは一切使わず、持っているのはプロジェクトごとに束ねたA4のプリントと黒いペンだけ。
「VRがどう、バーチャルがどうと普段言っていますが、やっぱり紙が好きです。PCやiPadでは画面が1つしかないけれど、紙であればいくらでも画面を増やすことができる」
佐久間は効率よく知識を積み上げていくが、勉強と学びは違うと言う。
「僕は学びは好きだけど、勉強は苦手です。学びとは自分を知るための旅みたいなものかもと思います」