フィリピン、日本を経てイギリスで暮らす画家のホームとは?
ファーラが生まれたのはフィリピン。イギリス人の父、フィリピン人の母のもとで生まれ、2歳の時に日本へと移住し、山口県下関市で幼少期を過ごし、15歳の時にイギリスへと渡る。現在は、ロンドンにアトリエを構え制作活動を行っている。日本では2019年よりギャラリーでの展示活動を始め、23年に大阪の国立国際美術館や水戸芸術館現代美術ギャラリーの展示に参加。西洋と東洋を行き来し、アイデンティティを揺さぶられながらも、各方面から影響された作風は世界中を魅了している。
絵を描くことが好きで、幼い頃はファッションデザイナーを目指していたというファーラが美術に目覚めるきっかけになったのは、エッセイの授業だったという。
「日本からイギリスに渡って、やはり英語、特にエッセイの授業に苦しみました。日本では、どちらかというと読み書きや漢字の書き取りが主で、自分の考え方を伝えるエッセイは教わったことがなかった。17歳の時、英語の先生にエッセイの書き方を習ったら、それまで出てこなかった言葉がするすると出てくるようになって、自分の考えを表現することが面白くなったんです」
エッセイのコツを掴(つか)んでから成績も伸び、好きだった絵画を追求してみようと美術大学へ進学した。絵画もコツを掴めば、自分の考えを表明できるのかというと、そう単純なものではない。「今でも考え続けながら絵を描いています」とファーラは言う。
絵の描き方は試行錯誤を続けている最中だという。最近の方法は?と聞くとこう答えてくれた。「以前は計画を立てて描いたこともありましたが、今はその反対。キャンバスの中にある色とテクスチャーとフォームをしっかりと見て、それに自分の中の潜在意識がどう反応するのかを捕まえるように描いています」
ファーラは、等身大よりも少し大きめのキャンバスに向かい、まるでメディテーションでもするかのように形と向き合う。女性が多く登場するのも彼女の絵の特徴と言える。3人の女性が働く姿を描いた連作油彩画《Airliner》(2023年、写真)は、12月の上海のグループ展で展示されるものだ。これも最初からキャビンアテンダントを描こうとして始まったものではないという。
「描き始める時に大事にしているのは、リズムと形です。自分がどういう動きをしたいのかを考えながら、キャンバスに向かっています。この絵の時も同じように形を描いていたら、だんだんとそれがアジア系のセクシーな女性となり、制服をデザインしたくなりました。ストーリーは、手を動かしていると次々と湧いて出てくるんです。キャビンアテンダントの仕草ってユニークだよなとか、カウンターの裏側には何があるのかなとか、想像を膨らませていきます」
画面の中で大きな位置を占める人物から描き始めディテールへと広げていく。また、ファーラが描く女性は、背を向けていたり、俯いていたり、画面から切り取られていたり、「顔」が描かれていないものが多い。その理由について尋ねた。
「最近まで自分でもなぜかわかりませんでした。画家のピーター・マクドナルドという友人がいて、彼も顔を描かないのですが、なぜかと聞いたら誰もがその人になれるからだと言っていて。私が描く人物もそのような感じなのかなと。人体を描こうと思って描いているわけではなく、“形”を描こうと思いながら描いています」
現在開催中の『ホーム・スイート・ホーム』展では清掃員として働くフィリピン人女性を描いた《テラスのある部屋》をはじめ、11点の絵画を出品。ほかの作品と呼応するような展示構成も見どころだ。彼女は絵画を自身と切り離しており、メッセージを声高に謳うようなことはしていない。しかし、描かれた女性たちの姿からきっと多くの感情が得られるはずだ。