かつて多くの芸術家たちが住んだ「長崎アトリエ村」があり、アートの街として栄えた東長崎。今、そのクリエイティブな精神は、昭和の面影が残る商店街に点在する店へと受け継がれている。大分の山里で作られた民藝の器、90年代カルチャーの雑貨、アメリカ南部のダンスミュージックを鳴らすレコード……。その店ならではの視点で集められた品々に触れれば、新たなお気に入りのアイテムが見つかるはずだ。
MIA MIA Tokyo
街の“シェルター”となる、開放的なコミュニティハブ
2020年にオープンした小さなコーヒーショップ〈MIA MIA Tokyo〉。古民家を改装し、窓もドアも全開に放たれた空間では、住宅街の気配が間近に感じられる。MIA MIAは、オーストラリア先住民の言葉で「シェルター(小屋)」の意味。オーストラリア出身でコーヒーライターや英語教師など多彩な経歴を持つオーナーのヴォーンさん、そして建築家のリエさん夫妻が「誰にとっても、ここが安心できる場所になれば」という願いを込めて名付けた。
だからMIA MIAのスタッフたちは、どんな人にも分け隔てなく接してくれる。たとえ一見であっても、「こんにちは」の挨拶から気さくなコミュニケーションが始まる。「挨拶できる場所があるだけで、心は健康的になるんだよ」。そんなヴォーンさんの考え方が、この店の賑やかさを生み出している。「調子はどう?」とスタッフや常連客が声を掛け合う姿は、今では東長崎の日常の風景としてすっかり根付いた。
コーヒー豆はヴォーンさんが敬愛する、表参道と清澄白河のコーヒースタンド〈KOFFEE MAMEYA〉などからセレクト。フードには練馬春日町の人気店〈コンビニエンスストア髙橋〉の米粉ドーナツや、オーストラリアの国民食「ベジマイトトースト」が並ぶ。
また、スタッフ自身が愛せるものを作ろう、と立ち上げたライフスタイルブランド〈Coffee Time with Vaughan〉のオリジナルグッズは、アーティストや他のコーヒーショップとのコラボレーションによって少しずつ種類が増えてきた。どの品も、店を中心に生まれた縁から形になったものばかり。コーヒーをきっかけに人が集まり、新しい関係が生まれる。通えば通うほど面白くなる、東長崎という街の懐の深さを映す一軒である。
小鹿田焼 ソノモノ
昼は器の専門店、夜は酒場となる二つの顔
大分県日田市の山里で、江戸時代から変わらぬ製法を守り続ける「小鹿田焼(おんたやき)」。その専門店として2011年にオープンしたのが〈ソノモノ〉だ。店主の榑松そのこさんは、学生時代に日本民藝館で民藝の美しさに衝撃を受け、鎌倉の工芸店〈もやい工藝〉で経験を積んだ目利きの持ち主。年間7~8回は日田市にある小鹿田焼の里へ足を運び、窯出しのタイミングに合わせて、自分の目で確かめた器を仕入れている。
並ぶのは、幾何学的な「飛び鉋(とびかんな)」の模様が施された皿や、素朴な風合いの壺たち。「芸術品としてではなく、あくまでも生活の道具としての美しさを伝えたい」との意味を込めた「ソノモノ」という店名の通り、気負わず使える日常の器が揃う。近隣の飲食店でも〈ソノモノ〉の器が使われることが多く、街の日常にも溶け込んでいる。
そして、夜になれば、この店はもう一つの顔を見せる。金曜~月曜は居酒屋としても営業し、実際に小鹿田焼に盛られた料理とお酒を楽しめるのだ。「使ってみて初めてわかる良さがある」との思いから、器の口当たりや料理との相性を体験できる場を提供している。もちろん、居酒屋の営業中でも器の購入は可能。買う場所であり、使う場所でもある〈ソノモノ〉なら、器の魅力を間近に感じられるはずだ。
Tea Shop Parvati
茶園の個性をワインのように愉しむ。一期一会のシングルオリジン
ダージリン紅茶の専門店〈ティーショップ パールヴァティ〉が扱うのは、ブレンドを一切しない「シングルオリジン」。インド・ダージリン地方にある87の茶園から、その年、その季節に出来の良かった茶葉だけを厳選している。「日本の水に合うこと」を基準に選ばれた茶葉は、同じ茶園でも収穫時期によって全く異なる表情を見せるため、すべてが在庫限りの一期一会。ワインのように、その時々の個性を愉しむスタイルだ。
ダージリンのメニューは3種類。短時間発酵の春摘み1番茶「ファーストフラッシュ」、しっかりと発酵された紅色の茶葉から芳醇なマスカテルフレーバーが香る2番茶「セカンドフラッシュ」、円熟味のある秋摘みの「オータムナル」。特徴的なのは、プロが使用するテイスティングカップでそのまま提供されることだ。茶葉が湯の中で開くときの香り、そして旨みが凝縮された最後の一滴、ゴールデンドロップまでを余すことなく味わってもらうための、こだわりの作法である。
「ダージリンの繊細な香りの違いを楽しんでいただけると思います」と店主の岡本麻衣子さん。市場には多くの紅茶が出回るが、生産者の顔が見える確かな品質のものだけを届けたいという想いは、2018年のオープン以来、今も変わらない。
LIVIN' LARGE BEER & GALLERY
90sカルチャーとクラフトビールの宝箱
1990年代に青春を過ごした人なら、誰もが心を掴まれる〈LIVIN' LARGE BEER & GALLERY〉。もともと輸入卸業を営んでいる店主の今井宣一郎さんが、円安やコロナ禍での体験をきっかけに「地元で人が集まれる場所を」と、90年代のアメリカンカルチャーを感じさせる輸入雑貨とクラフトビールの店をオープン。店内にはネオン管が光り、古い玩具をアップサイクルしたキーホルダーや懐かしいゲームボーイなどが並ぶ。
ビールのラインナップは、近隣の〈東京エールワークス〉や〈サイカドブリューイング〉といったローカルな銘柄と、海外から取り寄せた銘柄の2タップ。さらに、アメリカのクラフトビールも含む約30種類の缶ビールを常備。子供向けには、リンゴ果汁のサイダー「こどもびいる」も用意されている。
「近所の駄菓子屋のような感覚で使ってほしい」と今井さんが話す通り、ふらっと立ち寄れる気軽さがこの店の魅力。夕方になれば、犬の散歩ついでの地元の人たちから、噂を聞きつけたビール愛好家までがふらりと立ち寄り、カウンターで乾杯が始まる。かつてのアメリカの雑貨屋がそうであったように、幅広い世代が訪れる現代の「ジェネラルストア」なのだ。
CREOLE COFFEE STAND
ルイジアナの音楽をディグる。コーヒーとレコードの秘密基地
2012年にオープンした〈クレオール コーヒースタンド〉は、コーヒーとレコードの専門店。店主の中林由武さんが東日本大震災を機に会社を辞め、「地元で何か始めよう」と自身の趣味を組み合わせて開業した。
取り揃えるレコードは、アメリカ南部のルイジアナやテキサス周辺の音楽が中心。主にはアコーディオンを使ったダンスミュージック「ザディコ」や「ケイジャン」。その魅力を尋ねると、「土着的なのにとびきり陽気で、生活の匂いがするところ」とのこと。日本ではまだまだマイナーな存在だが、この店を通じて、理屈抜きで楽しめるこの音楽の面白さを広めていきたい、と中林さんは語る。
マニアックなレコードが並ぶ空間だが、そのイメージとは裏腹に、コーヒーの飲み口は穏やか。〈トーアコーヒー〉から仕入れる豆は、「自分の好きな、適度な酸味がある豆を選んでいます」と中林さん。平日は近所の常連客も日常的に利用し、休日ともなればレコード目当てに遠方からコレクターも訪れる。良い塩梅で外と内が混ざり合う、心地よい雑多さにぜひ触れてみてほしい。



















