読書は中学生の頃から好きだった。初めは金城一紀や石田衣良らの読みやすい小説から。10代後半になると司馬遼太郎、藤沢周平を中心に歴史小説を熱心に読むようになった。
「父が好きだったんです、歴史小説を。そもそも父自身が武士みたいな人で、人前では恥ずかしいと言ってくしゃみすらしない。そうしたら三島由紀夫の『葉隠入門』の中に“くしゃみをするな”ということが書いてあったんですね。なるほど、父はそうやって生きてきたんだなと気づいて、歴史小説や『葉隠入門』、新渡戸稲造の『武士道』を読みながら、僕も自分の生き方を見出そうと思っていました」
その時期には文豪たちの小説や随筆も多読したが、特に好んだのが本棚の一角を占める三島由紀夫だった。
「1冊読み終えたら、同じ本屋の同じ棚に行って、三島ばかり買っていました。ほとんど読んだと思いますよ。人に薦めるなら『禁色』『音楽』『美徳のよろめき』。繰り返し読んでいるのは『金閣寺』と『豊饒の海』4部作です」
20歳になったあと、フィリピンへボランティアに行った時、現地で支援に携わる日本人に薦められたのが『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』だ。
「この本に書いてあるのは、経済成長を追い求めてもその先には資源の涸渇と破滅しかないということ。たぶんこの頃から、都市での生活に本当の幸せはあるのかって、ずっと疑問に感じていたような気がします」
その後、俳優となり、毎日を忙しく過ごすことになるも、どうやって生きればいいのかという煩悶は消えなかった。「そんな時に出会ったんです」と言って、彼は服部文祥の『サバイバル登山入門』を指し示す。
「当時の僕は“生きている”のではなく、社会に“生かされている”と思っていた。でもこれを読んで、米と調味料、それに鉄砲だけ持って、身一つで山を歩く服部さんの姿に尊敬の念を抱いたんです。自然の中でこれだけ強く生きられるなんてすごいなと。それで自分も同じような生の実感を得たいと思い、狩猟免許を取得して、仕事のつながりから服部さんにもお会いすることができたんです」
哲学者のエピクロスは言った。精神の充足に勝る快楽はない
現在、彼は服部を“師匠”と呼び慕っている。服部は彼に猟場を紹介し、山で生きるさまざまな知恵を授けた。そして服部との縁もあり、彼は今の地に一人移り住むこととなった。
『エピクロス 教説と手紙』を手にしたのは、ひょんなきっかけからだった。
「ある記事に、僕は快楽主義者だと書かれていたんです。“え、僕が?”と驚いて、快楽主義者=エピキュリアンの語源になっている古代ギリシャの哲学者エピクロスの本を読んでみたら、すごく面白かった。快楽主義というと欲深いイメージを持つかもしれませんが、エピクロスはむしろ禁欲的な人で、“チーズを小壺に入れて送ってくれたまえ。したいと思えば豪遊もできるから”と言っていたほどなんです。つまり精神の充足に勝る快楽はないと。生きるとはそういうことなのかなって、強く影響を受けましたね」
山での生活は厳しい。そこで生き抜くために必要なことを、彼は多くの本から学んだ。ニワトリ、ハチ、山菜、キノコ……そして糞についても。
「『ウンコロジー入門』を読むと、排泄物が栄養になり、自然の循環を支えていることがわかる。僕もその循環の中に生きられたらいいなと思います」
耳を澄ますと、繁殖期の牡ジカの鳴き声が聞こえる。ここでは自然との触れ合いの中に生の豊かさを感じることができる。最後に彼は本棚にはない、ある一冊の話をした。
「太平洋戦争中にスパイ容疑で死刑になった尾崎秀実が、獄中で妻と子供に宛てた書簡集があるんです。『愛情はふる星のごとく』という本ですが、彼は死刑が決まったあと、激動の時代に大切なのは“冷暖自知”だと遺書に残すんですね。周囲の価値観に惑わされず、冷たいも暖かいも、自分で知ることが重要だって。山で暮らしていると、自分の実体験を通じて物事を考える機会がたくさんありますよ」