世界各地の辺境を訪れて取材する私にとって、言語は非常に重要な“道具”です。アジア・アフリカ・南米で未知の巨大生物を探すとか謎の麻薬生産地に潜入するとか、取材のほとんどは極度に風変わりな探検的活動。英語やフランス語などのほか現地の超ローカル言語が必要になることもあります。
そんなわけで25以上もの言語を学び、使ってきました。こんな話をすると語学の才能があると思われるかもしれませんが、今でもネイティブの話す英語は聞き取れないし、話す方もグズグズ。せっかく覚えた言語の多くも忘れています。では、なぜこれほど多くの言語を習うことができたのか。それは必要に応じて自分専用の学習方法をカスタマイズし、集中的かつ合理的に学んできたから。
どの言語も学習期間は長くても1年、短い時は2、3週間ほど。現地で出会った言語を即興で習いながら旅することもあります。そして取材という目的が達成されると同時に言語学習も終了し、次の言語へ。私にとって新しい言語との出会いとその習得もまた、一つの“探検活動”なのかもしれません。
「外国語をマスターしたいが、途中で挫折してしまう」という声をよく耳にします。スクールやラジオ講座、最近はオンライン英会話なんかもありますが、結局長続きしない。でもよく考えてみてください。あなたが必要としているのはすごい労力と時間をかけて何年後かに完成に至る“完璧”な語学スキルでしょうか?
例えばワインの輸入代理店に勤めているとします。商談に必要なフレーズは大体推測できますよね。挨拶や自己紹介、ワインの銘柄やブドウの品種、“卸値”や“値引き”といった単語も必須でしょう。逆に言うとそれさえわかっていれば、多少文法が間違っていても発音が悪くても、お互いがワインについて話しているという認識を持っているのですから会話は進みます。
わからない単語が出てきたら翻訳アプリを使ってもいいし、粘り強く話せば相手も理解しようと頑張ってくれます。言語は学問ではなくコミュニケーション。学校のテストのように、一人で完璧な答案を作らなくても、現実世界にはあなたよりもその言語に精通した人がいて、必ず助けてくれます。完璧を求めるあまりに沈黙していては、語学は前に進みません。まずは必要最低限の単語を覚えて実践の場に飛び込むことが大切です。
こうした語学法を私は「ブリコラージュ学習法」と名づけました。「ブリコラージュ」とは文化人類学の概念で「あり合わせの道具材料を用いて自分でものを作ること」といった意味です。この対立概念は「エンジニアリング」で、こちらは設計図に基づき、プロが決まった材料、道具を用い、定められた手順に従ってものを完成させること。
学校で行われている語学はまさにエンジニアリングで、何年もかけて超高層ビルを建設するような壮大な語学です。片や私のようにそのときどきで必要なことだけを学び、現場で臨機応変に対応していくのはブリコラージュ的な語学。非常に原始的ではありますがすぐに役立つし、目的や学習期間、年齢によってやり方を変えられるという利点があります。
「完璧に言語をマスターしないといけない」。語学の挫折の原因はそんな思い込みです。ブリコラージュ学習法で、軽やかに、何より楽しく語学の世界に入っていきましょう。
高野式ブリコラージュ学習法7つのポイント
POINT1
○目的をはっきりとさせる
דとりあえず”語学をやってみよう
外国語学習において最も重要なことは、その目的を明確にすることです。多くの人は漠然と「話せるようになりたい」と思って学習を始めますが、必要なスキルは人それぞれです。もし仕事で外国語を使うなら「どんなシーンで」「誰と」「どんな会話をする」のか。そのイメージを持たずに学習を始めると、とてつもない遠回りをすることになります。
例えば外国の支社の同僚と仲良くなるための言語と、商談のための言語では使う言葉もノリも違います。同じ英語でも英語圏の人と、アジアやヨーロッパなど非英語圏の人とでは発音や会話スピードが大きく異なります。これはあとで詳しく解説しますが、もし商談相手が“英語を話すインド人”なのだとしたら、ネイティブイングリッシュではなく、インド訛りの英語を学ぶ方が実践で大いに役立ちます。
「ビジネスパーソンたるもの、外国語くらいできないとダメだ」と言う人がいますが、外国語の前に、「自分がどこで、どんなビジネスをするのか」を具体的に考えられない時点でビジネスパーソンとは言えませんよね。そのイメージをしっかりと持てれば、本当に必要なことだけを学べ、無駄なことを覚えたり練習したりする時間と労力はぐっと減らせます。
目的なくダラダラと勉強しているからモチベーションが下がり、それが挫折につながる。その負のループから抜け出すためにも、自分だけの具体的な目的や目標の設定が欠かせないのです。
POINT2
○“先生“には教わらない
×語学のプロに教わる
外国語を習得する目的がしっかり設定できたら、次は「どのようにして学ぶか」です。スクールに通う、オンライン講座を受けるなど、色々なやり方がありますが、私はこれまで“先生”という肩書の人から言語を学んだことはありません。
大体の場合、その言語を母国語とする人を紹介してもらったり、自分で探したりして、個人的にレッスンをお願いするのですが、みんな先生として言語を教えた経験のない普通の人たちです。その大きな理由はリアルな言葉を学びたいから。先生の役割とは正しい言語を教えることであって、熱心な先生になればなるほど文法に厳しく、細かく指摘してくれます。
でも実際の会話において大切なのは正しい文法で話すことではなくて、話が通じるかどうか。例えば英語なら2時間は「2アワーズ」ですが、実際は「2アワー」と言ってもそれは2時間のこと以外考えられないわけで、問題なく通じるんです。そんな細かいことに時間を割くより、自分の目的に合った実践的なフレーズをどんどんインプットしていった方がいい。
その点、先生じゃない人たちは文法には寛容で、本当に通じない部分以外はスルーしてくれるので、会話がいちいち中断されることが少ない。実際の生活では決して話されることのない教科書的な言葉ではなく、現地で使われている「生」の言葉や言い回しを学べるという点でも、先生以外の人から学ぶというのはメリットが大きいのです。
POINT3
○英語はネイティブに習うな!
×やっぱりネイティブがベスト
私はこれまで学びたい言語を母国語とする人に言葉を習ってきたと言いましたが、英語だけは例外です。英語を習うならアメリカ人やイギリス人などネイティブスピーカーに教えてもらった方がいいと思いがちですが、それは間違いです。世界には英語を話す人が13億人ほどいるといわれていますが、そのうち英語を母語としている人は30%に満たないというデータがあります。つまり残りの70%の人は非ネイティブです。
作家の知人に聞いた話ですが、アメリカで世界中の作家が集まるワークショップが開催された際、参加者全員が英語で会話をしていたにもかかわらず、地元のアメリカ人の話すことだけはほとんどの人が理解できなかったそうです。
私を含め非ネイティブが話す英語には様々な訛りがありますが、慣れていればどんな国の訛りが入っていても大体通じます。でもネイティブの発音は非常に難しく、国際的な場面ではネイティブイングリッシュの方がローカルな英語になってしまうという、ちょっと面白い現象が起きているんですね。
ビジネスシーンでも英語が公用語になることは多いですが、相手がネイティブスピーカーとは限りません。中国人やインド人、ケニア人など、その国籍は様々でしょうから、そうした場合は非ネイティブの英語の方がずっと役に立つはずです。もし仕事で英語を使うシーンが具体的にわかっているなら、相手がネイティブか非ネイティブかを知ったうえで、それに合わせて英語を学ぶのがベスト。
もし取引先がインドの会社なのだとしたら、英語を話すインド人から習えばいいのです。ただ英語を話せるだけではなくて、「私はインド人と英語で話すのが得意です!」と言えた方がアドバンテージになりますし、即戦力です。英語は世界の共通語であるからこそ必要に応じた学び方を選択するのが重要なのです。