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ヒコロヒー「直感的社会論」:何が欲しいのか。何を選びたいのか

お笑い芸人、ヒコロヒーの連載エッセイ第39回。「今月のヒコロヒー」も要チェック!前回の「誕生日くらいは、優しさに甘えて開き直っていたい」も読む。

text: Hiccorohee / illustration: Rina Yoshioka

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何が欲しいのか。
何を選びたいのか。

花

生きていくこととはなんだろうか。

最近、会う人たちに立て続けに「選ばれた人なんだね」と言われる機会があった。選ばれた人とはなんだろうか。私がテレビに出ることができ、一握りしか成功しない芸能界で飯を食うことができ、この年齢で持っていてはいけないような富を手にしているからだろうか。喜ぶことのできる一方で、どこか私を苛立たせるその言葉をうまく咀嚼できず飲み込めないでいるままだ。

正直であるということはなんだろうか。嘘をつかず清廉潔白であることをそうともいえば、欲に忠実である人を正直だと呼ぶ人もいる。であれば僧侶も海賊も正直であることに変わりはなかろう。

夢に向かって頑張るとはなんだろうか。自分で日々の努力をしながら頑張れる人もいれば、昔の私のように周囲に心配をかけ呆れられながら借金まみれになり果て夢を追うことを諦められないままでいる人もいる。であれば、受験生も芸人も夢追い人であることに変わりはなかろう。

価値観とはなんだろうか。「あなたは35歳なのだから結婚をしたほうがいい」「子どもがほしいならよく考えなさい」とよく言われている。うるさいのである。結婚についても出産についてもまだまだピンとこないのだ。今は日々の目の前にある出来事に向き合い、気持ちを整えることに精一杯である。うるさい。私の価値観を蝕まないでいただきたい。良かれと思って口出しされることで感覚がブレ、行き道を失うことはまっぴらごめんである。

原稿とはなんだろうか。名文ちりばめられ締切を守られるそれも、散文いたしかたない締切遅れのこれも、同じ原稿である。ともすれば、開高健のそれもヒコロヒーのこれも同じではないか。

私の頭のなかは今、散らかっている。心のあたりは、激しく躍動している。何が欲しいのか、何を選びたいのか、何に選ばれていれば満足なのか、世の中の大多数の価値観など糞食らってくれ。生きていく道を、退屈な人生で培われたつまらない価値観を、邪魔されぬよう大事に抱えて生きていくことが、人生なのだろうか。

今月のヒコロヒー

ヒコロヒーのポートレート

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