ハワイの森歩きには雨がいい
ホテルのあるワイキキ周辺はよく晴れていたけれど、車で20分ほど東に走ったマノア地区にくると静かに雨が降っていた。オアフ島の中でも雨が多いエリアであるマノア渓谷に位置するライアン植物園。ハワイ大学の研究施設であり、194エーカーの広大な敷地には5000種以上の植物が育っているという。
海では晴れていてほしいけれど、ハワイの森を歩くときは雨がいい。雲がかかった緑の渓谷の景色、瑞々しく濡れた草花の色彩が雨によって一段濃くなり、ドキドキしてくる。葉に落ちる雨の音も、濡れた土の匂いもすべてがエネルギーに溢れていて最高なのだ。
「思いやる心」の意味を持つマラマ。旅人にとってのマラマは旅先の土地、自然、人への思いやりを持つこと。そのためには表層だけではない、自然の深い部分に触れなくてはならないと思うのだ。
まずはビジターセンターでトレイルマップを手に入れて、森の中へと歩き始めよう。
メインルートもいいけれど、脇道に逸れると深い森が待っている
ワイキキに滞在しながら森を歩きたいとなると、まず候補に挙がるのがマノア滝のトレイル。マノア滝はもちろん美しい、でも正直なことを言うと人が多すぎて自然の力を感じるには少し物足りないのだ。同じマノア渓谷にありながら、隣にあるライアン植物園は人が少ないのも大きな魅力。今回、往復およそ2時間強のトレイルで見かけた人は2組だけ。自分のペースで静かに森を堪能することができるのだ。森の時間を楽しむためには、できるだけ少人数で静かに過ごしたい。
トレイルはメインルート以外にも縦横無尽に張り巡らされている。メインルートは比較的歩きやすく整備されているが、細いルートの路面は自然のままに近い獣道のような状態で、歩くならやはりこちらを選んでしまう。ルートを逸れても時折現れる道標のおかげで迷うことはないので安心して歩ける。脇道に逸れると、途端に森の力が強く、濃く、深くなるのだ。
森の奥へと進むごとに雨足は強くなる。聞こえてくるのは雨の音と鳥の鳴き声と地面を踏む音だけ。次第に歩くことに意識が集中されていき、森と一体になると言えば大げさになるかもしれないが、大自然の懐へと入っていく感覚がたまらなく心地よい。
古代ポリネシアの人々が運んできた、カヌープランツ
カヌープランツという言葉を聞いたことがあるだろうか?元々、ハワイ諸島には人が暮らしていなかった。6世紀から12世紀にかけてにこの地にやってきたのは3200km以上も離れたマルケサスやタヒチから移り住んだ古代ポリネシアの人々。その先人たちが日常生活に必要となる植物を持ち込んだのだ。タロイモ、パンノキ、ココヤシ、ククイ、ティなど27種類の植物は、大いなる旅でカヌーに乗って運ばれたことから「カヌープランツ」と呼ばれている。
これらの植物はハワイの伝統文化の中で特別な意味を持つため、固有種ではないのだが「伝統植物」としてハワイ独自の分類をされるのが面白い。ライアン植物園ではカヌープランツの数々に出合うことができる。ハワイの歴史を紐解くヒントがここにあったのだ。
たどり着いたアイフアラマ滝は水量が少なかった……。さあ、どうする?
森のトレイルを選ぶなら滝を目指したかった。なぜってハワイの滝に打たれてみたかったから。滝は見るものじゃなく、打たれるものだと目覚めたのは5年くらい前だろうか。滝に打たれる爽快感と後にくる開放感。物凄い量の水のエネルギーが脳天からお尻まで貫く感覚は何にも変え難いのだ。サウナで得られる感覚にも近い、あの解放感は「ととのう」よりもっと「開く」という感覚に近い。古来、日本人にとって多くの滝は聖域であったし信仰の対象でもあった。それはハワイにも共通するところがあって、滝はマナ(霊力)が宿る場所でもある。
とにかく、ハワイの自然を深く理解するためには、滝に打たれる行為が必要だと思うのだ。自然の奥に入るために一日中歩くのもいいだろう。でも、生身の身体で滝に打たれれば、わずか10秒で自然の力を感じ取ることができるのだから。と、そんなことを考えながら、アイフアラマ滝を目指した。雨の音の合間に滝の音が聞こえてくる。だが、音は大きくない。やがて見えてきたアイフアラマ滝は素晴らしいロケーションではあったが、水量が少ない……。打たれるには程遠い滝の姿だった。「雨にたっぷり打たれて滝みたいだったし、まあいいか」と、少し考えたが、次の瞬間には別の滝のことを思い描いていた。
どうしてもハワイの滝に打たれたくて、ワイメアまで来てしまった
翌朝、オアフ島北部ワイメアの滝の入り口にいた。やはり滝に来てしまったというわけだ。ワイメア渓谷の終点に位置するワイメアの滝は、古代ハワイアンの集落があった土地。滝へと続くトレイル沿いにはヘイアウ(古代神殿)跡や畑の跡、復元住居など古のハワイの暮らしが垣間見える遺跡など、見どころが多いのだが、それは復路にゆっくり見て回ろう。往路は滝へと歩みを急いでしまった。
30分ほど歩いてたどり着いたワイメアの滝は美しかった。落差12mの堂々とした姿。滝壺は広く、プール状になっている。古代ハワイアンの人々は治療や祈りの場としてこの滝を大切にしていたらしい。
裸で滝壺に入ることは禁じられているため、ライフジャケットを借りて滝壺へ。水が落ちる轟音が心地よい。流れに逆らうように泳ぎ滝壺の中へ。パワーゾーンを探し、身体を入れる。滝に打たれているのはものの数秒でも、水が身体を貫いてくれる。
滝の作品を制作し続けるアーティストの横尾忠則さんが、以前TV番組で「自然の中に自身の身体で入っていくと、観念じゃなくて直感で自然を理解することができる」と言っていたけれど、自然の世界に入り込むツールとしても滝は存在すると思う。ワイメアの滝に打たれることで、今度こそハワイの自然の中に溶け込んでいけた気がする。