アルゼンチンのピメントーンっていう
唐辛子の旨味は、
生涯忘れることができません
唐辛子はね、小さいと辛いんですよ。そして大きいとものすごく旨いんです。唐辛子の果皮にはね、ほかの野菜にはない独特の旨味がありますからね。忘れられないのはね、ピメントーンっていうアルゼンチン原産の唐辛子ですね。アルゼンチンの旧市街のレストランでメニューにピメントーンと書いてあって、ピメンタが唐辛子だから、「これはピメンタのことか」って聞いたんです。
そうしたら「いや、ピメントーンだ」と。前菜に持ってきてもらったら、もう30cmを超えるような大きい唐辛子でね。それを2つに割って、オリーブオイルでソテーしただけなんだけど、これが本当に旨くてねぇ。後を引きまして、次の日にも食べに行きました。日本にも一時期輸入していたから、食べてみたけれどもダメですね。味が全然違う。やっぱり土地の問題でしょうね。それから遺伝子の問題もあるかもしれない。唐辛子は変種を起こしやすいんです。
だからね、これだけ種類も豊富なんですね。小さいのから大きいの、辛いのから辛くないの。100種類じゃきかないでしょ?唐辛子はね、味蕾を刺激して、旨くする作用があると僕は思いますね。味蕾というものは不思議なもので、唐辛子で励起されてね、辛さでパッと開くとほかのものがおいしくなる。
だから一緒に食べるものは、普通の米でもいいんです。米でも辛いものと一緒に食べると、何ともいえないおいしさが出てくるんですよ。例えばインドの食事はね、ダールっていうレンズ豆のスープを米にかけて食べますね。米といっても日本のものとは違って、何ともむさい米なんです。日本人の中には米だからって、それだけ食べる人もいますけどね、インドにどっぷり浸かるとダールがなくっちゃとても食えないですよ。
ほかにもブラジル料理ね。まず皿に米を取るでしょ。その上にヘジョンっていう豆をぐちょぐちょに煮た、どろんとしたものをかけるんです。これは日本人の美学からしたら考えられない料理だけど、さらにその上にコービっていう名前の野菜を切ったものをのせて、そこにヘジョンの粉をかける。マンジョーカっていうイモを粉にしたものをかけて、最後にピメンタの液をかけるんですよ。これがね、食べ慣れるともうたまらなく旨いんですよ。でもね、唐辛子がなくちゃ食えないですよ、こんなもの。唐辛子が全部を調合した時に旨さがドッと来て、中毒しちゃいますね。
唐辛子は、どうやって世界に広まっていったのか、わからない部分もありますね。南米が原産で、鳥の糞によって世界に広まったという説がある。確かに一番考えやすいけれども、鳥が唐辛子を食べたかね?辛いということは植物が身を守るための手段ですから。肉食動物は平気で食べるんです。犬でもライオンでも食べさせると辛いものを食べます。でも草食動物は辛いもの食べないんですよ。それが辛いものの進化に関係あるはずですね。
昔、ペルーでラマを追っていた時に衝撃を受けたことがあります。ラマは同じ場所に糞をするんですが、その周囲に紫色のジャガイモの花が咲いているんです。普通、糞の周辺は“過栄養”って言って、植物は育たないはずなんです。もし、糞の周辺に植物が生えても動物は食べない。そこにジャガイモがあるということは、過栄養に強くて、かつ守られている。
しかも、そこには過栄養っていう突然変異の条件もあった。そうやって選択淘汰されたのがジャガイモだったのかと初めて知ってショックを受けたんですね。ジャガイモも南米原産ですから、あるいは唐辛子もそんなことがあったのかもしれないなと。
唐辛子はヨーロッパに持ち込まれて爆発的に伝播しましたけれども、ある意味では貧しさが世界中に伝えたんです。インドにね、マンゴーチャツネってあるでしょ?原種のマンゴーの木は幹が一抱えにもなる大きな木なんだけど、そこに原種がブワーッとなるんです。一つの木から何千ってできる。それをいっぱい拾ってきて、大きな鍋を一つ置いて、唐辛子のパウダーをブワーッと入れて、クツクツ煮てチャツネを作るんです。するとね、ほんの少しで米がいっぱい食えるんですよ。辛いものは、貧乏人の知恵なんですね。
韓国の宮廷料理には、辛いものなんてないんです。韓国料理だって昔は辛くなかった。一度、宮廷料理を食べさせてもらったけどね、箸を自分で持たせないからね。隣に女の子が座って、スッと視線を向けると口に運んでくれる(笑)。そこに辛いものなんてありません。唐辛子とニンニクは、貧しさが世界に広げたんだと僕は思ってますね。
だからこそ、知らない国に行って一口食べただけでモノを言うなっていつも言うんです。少なくとも100日滞在して、食べ続けて、その後に旨いかまずいか判断しろって言うんです。食べ続けなかったらその本当の味は身に染みてわからないですよ。飽きるか飽きないか、もっと欲しくなるのかどうなのか。自分に聞くといいですよ。
辛いものに限らず、現地で腹を壊すことは、そりゃもちろんあります。僕はところ構わず食べるでしょ。テレビで行っていた時はね、プロデューサーが横にいて、「それを食べたら下痢するからやめろ」って言うんだけど、僕は手づかみで食べる。もうたちまち胃腸がゴロゴロって鳴って、トイレ直行ですよ。ダーッと。下痢止めなんてバカなもの飲まないです。体が出したがっているんだから、出してしまう。それで、“洗礼を受けた、もう大丈夫だ”って。
スリランカでもね、田舎に行くと辛いもの出してくれる。島の南にハンバントータっていう港町があるんです。漁師が丸くなって何か食っているんですよ。だから「俺にも分けてくれ」って言ったら、ニヤッと笑って「お前に食えるか?」って言うんですよ。「大丈夫、大丈夫」ってもらったらね、10cmくらいのエビが真っ赤なんです。これは辛いぞと思って食べてみたらしゃっくりが出ちゃって。
僕は負けず嫌いだから次から次に手を出してね、「お前こんなの食えるのか」って喜ぶから、「もっと辛くしろ!」って言ったりしてね。しゃっくりしながら修業したんです。もう火のように赤い。でもね、「負けてたまるか!」って(笑)。そこで洗礼を受けてますから、それ以降はどんな家庭料理も平気ですね。
スリランカの料理にはずいぶん慣れて、食べても食べても、もう辛くない。3回目に行った時はテレビと一緒だったんですけれど、僕が辛がっているところを撮りたいと。信頼しているタミール人のシェフに「一番辛い料理を出してくれ」って言って持ってきたのが、青唐辛子を潰して、調味料を混ぜる壺でグリグリと練ったもの。それを指ですくって食べたらもう辛いのなんのって!
これはショックでしたねぇ。口の中がやけどしたようになって、舌が動かなくて、ろれつが回らなくなる。モノを言えなくなると今度は涙がブワーッと出ます。それから粘膜を刺激するから透明な鼻水がドゥワーッとね。マンガによくあるでしょ?あれと同じですよ。
シェフがね、「悪いことをした。辛かっただろう」って言って、辛い時にはこれを飲めって、砂糖水を作ってくれたんですよ。でも口の中がやけどしているから、それを飲むと同時に「こんなもん飲めるか!」って吐き出して。しゃべれないんだけれども、モゴモゴ言って(笑)。
もうダメ、帰って寝るとベッドに行ってジーッと1時間寝てましたね。それでやっと少しモノが言えるようになった。あの青唐辛子に勝るものは、食べたことないですね。アフリカにもずいぶん行って、一番辛いっていわれているアルジェリアの唐辛子も食べたけれど、特別なことなかったです。
口の中が麻痺するっていう意味では、山椒もおいしいですねぇ。昔、四川省の麻婆豆腐の発祥の店に食べに行ったんです。一緒にいた仲間は異口同音に口の中が痺れるって言うんです。それは山椒の効果でね、これは唐辛子と同じ作用をするんだなって思いましたね。味蕾を開いて、ほかのものをおいしくする。麻婆豆腐もね、痺れた後に、豆腐や肉の味が次第にわかってくるんです。
ベレンには、ジャンブーっていう
痺れて中毒する植物がありましたね
それから痺れる味といえばね、アマゾンのベレンにもありました。
鳩をマンジョーカの搾り汁で煮た料理なんですけどね、そこにジャンブーっていう植物が入っているんです。これがもうね、痺れるんですよ!食べるとね、口の中が痺れて、もう何もわからなくなるんですよ。その代わり、これはすぐに中毒します。
食いたくなって食いたくなって、ベレンに行く人がいたら「すまんけど採ってきて」って、「荷物にこっそり入れてくれ」って頼むくらい。このジャンブーはね、植物検疫の関係でベレン以外では栽培しちゃいけないんです。そういう食べ物が、世界にはたくさんありますね。
食べることを尊重しなさいって、娘に言って育てましたね。食べることは、いろいろな意味で一期一会なんだからと。向こうの人の食べるものを、同じ姿勢で同じやり方で食べるっていうことがすごく大切なことですね。自分のやり方でしか食べられないっていう人はね、多くのおいしさがわかっていないっていうことだと思うんです。
食はその土地の文化ですから。地べたで食べる人だったら一緒に座って、素手で腹いっぱいに食ってみる。それを続けるのが、一期一会の精神じゃないですかね。そうやって100日食べ続けておいしくなかったものは、世界にはありませんでした。