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サブスクなしライブなし。経済を回さない音楽家、HASAMI groupを知っているか?

アマチュアで19年。グループにまつわる情報はほとんどなく、ライブもない。そんな謎だらけの存在でありながら、長年にわたりリスナーを惹きつけてきた音楽ユニットがある。今回、22枚目のアルバムリリースを機についにその中心人物に話を聞くことができた。

interview: Kiyoshi Kakinuma / photo: Kenta Shibayama / text: Sho Kasahara

“集団”で作る、ひとりの音楽

活動拠点はインターネット。大々的な広報もレーベル所属もなく、ライブ活動もほぼゼロ。楽曲の公開はYouTubeとBandcampのみ。それでも長年コアなファンから支持されている音楽ユニットがある。その名はHASAMI group。

「グループ」を名乗っているにもかかわらず、他のメンバーの姿は見えない。そもそも、 HASAMI groupとは一体何者なのか?グループの中心人物である青木龍一郎さんはこう話す。

「HASAMI groupで音楽制作をしているのは基本的に僕だけ。ほかのメンバーに担当楽器はありません。彼らとはご飯を食べに行ったり、LINEで日常会話をしているだけなのですが、そこでの他愛もないやり取りが僕の音楽に好影響をもたらしていて。実質1人なのに『集団で作ってる』というテンションになれるので、孤独感や閉塞感が薄れて楽しく曲作りができています。究極な話、僕が脱退してもHASAMI groupはまだ続く。だからこそ、『俺を倒して終わりだと思うなよ』みたいな意識が常に生まれるんです。これは、ソロプロジェクトでは得られない生命力だなと思いますね」

“経済を回さない音楽家”として、アマチュアのやばさを証明したい

HASAMI groupの音楽は、Spotifyなどのサブスクリプションでは配信されていない。青木さんが選んだ公開の場は、YouTubeとBandcampのみだ。

「最近は“サブスクにない音楽は存在していないも同然”みたいな感覚の人も増えているように感じます。そういうマインドって、音楽産業に洗脳されすぎている気がしていて。だから、サブスクの外にもちゃんといい音楽があるということを示したい。“経済を回さない音楽家”として、アマチュアのやばさを証明したいんです。最終的にはYouTubeやBandcampも使わないほうがいいのですが、まだその境地には達していません」

2025年6月には、約2年8ヵ月ぶりとなる22作目のアルバム『Message from 2025』をリリース。収録曲には、「ケイティ・ペリー宇宙へ」「インターネットの終焉」「消えても何かが」などHASAMI groupらしい16曲が並ぶ。

「僕の音楽作りのテーマの一つは”現実逃避”。現実でつらいことがあったときに、それとは無関係なファンタジーの世界を頭の中に作って曲にしてきました。以前はそのやり方でもよかったんですが、自分も30代になって社会情勢もシリアスになり、さすがに『現実を一切見ない』という姿勢ではいられなくなってきて。だったら嫌でも見えてしまう現実を作品に昇華したほうが自然かなと思うようになりました。『Message from 2025』では、現実に起きた苛立ちやモヤモヤを逆手に取って面白くするという新しい形の”現実逃避”をしてます。記念すべき、“脱ファンタジー”の作品です」

中でも印象的なのが、アルバム収録曲「ケイティ・ペリー宇宙へ」の制作エピソードだ。

「通勤中に電車が人身事故で止まって、車内に閉じ込められているときに『ケイティ・ペリーが宇宙旅行に成功』というニュースが目に入ったんです。同じ音楽を作っている人間なのに、彼女は宇宙にいて、自分は電車に閉じ込められている。そんな格差に絶望してしまいました。でも、通勤電車に閉じ込められているときの苦しさは、ケイティ・ペリーには表現できないもの。この絶望を労働者階級の特権だと捉えて曲に昇華してみよう、そう思い、すぐにスマホに『ケイティ・ペリー 宇宙へ』とメモを残しました」

ヒップホップからバラード、シティポップまでジャンルを横断した楽曲は、流行とは距離を置いた独特の空気をまとう。タイトルには「初音ミクが買えなくても」「日韓ワールドカップ」などゼロ年代を思わせるワードがちりばめられているが、そうした懐かしさについて問うと意外な答えが返ってきた。

「実は、懐かしいものが好きなわけではなく、ただ僕が“しつこい人間”なだけなんです。子どものころから同じことを何回も何年も繰り返して、親から『しつこい』とキレられていました。例えば、歌詞に『mixi』と出てきたとき、リスナーからは懐かしいワードとして捉えられるのですが、自分は20年間ずっと『mixi』にしつこくログインし続けているので、懐かしい感覚もないんです。みんなが途中でやめるものを、やめてないだけ。HASAMI groupの楽曲が基本的にループ構造なのも、しつこく繰り返す癖が反映されている気がします。そもそも、アルバムを22枚も出してるのも一種のしつこさですよね」

そんな青木さんは「日本でその日にリリースされた全ての曲をチェックする」という常人離れした音楽ウォッチャーでもある。YouTubeで登録しているチャンネル数は約1万。再生回数10回の無名ミュージシャンからメジャーまで、毎日新作MVもチェックし続けている。それだけ膨大な音楽に触れて、自身の制作に影響は出ないのだろうか?

「日本の全音楽に影響を受けてると思います。むしろ聴きすぎて、逆にどこから影響を受けているのかわからなくなってますね(笑)。今まで聴いてきたものが混ざりあった“まだら模様の音楽”みたいになっていて、自分ではコントロールしきれない色が出ちゃってる。その中でも、自分の個性が消えないように気をつけています」

HASAMI group・青木龍一郎

最近では、HASAMI groupの代表作の一つである14年前の楽曲「病気が治ったら」が突如YouTube上で注目を集め、再評価。再生回数は一気に数十万回に跳ね上がった。ミュージシャンにとっては喜ばしい出来事——かと思いきや、青木さんはその動画をあえて限定公開に切り替えた。

「広がり方が大事だと思っています。というのも、音楽で収益を得たいわけではないので無作為にいろんな人に届いても意味がない。手軽に見つかってインスタントに消費される音楽ではなく、苦労して見つけた宝物のような音楽にしたいんです」

なるほど、HASAMI groupに漂うディスコミュニケーション感は、こういったスタンスから生まれていたのか。こちらが距離を詰めようとしても、するりと手をすり抜けていくような感覚。実態のわからなさも、一見無造作にも思える世界観も。実は青木さんの意志によってコントロールされ、緻密に設計されたものだったのだ。

だからこそ、リスナーは戸惑いながらもその不思議な距離感に惹かれ、追いかけ続けてしまうのだろうか。