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「日常的に本屋に行かない、97%の人のために」。“ふまじめ”な本屋〈はるや〉

横浜・白楽に2022年6月にオープンした〈喫茶と本とちょっと酒「はるや」〉。一見カジュアルに並べられた本棚には、長年、本と人に向き合ってきた店主のたしかな審美眼が光る。不思議な居心地のよさの理由を探った。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Masaki Koike

本好き以外に向けた、“ふまじめ”な本屋

こぢんまりとしていながらも、いわゆる街の本屋さんとは一味違う、洗練された空間。新刊書を中心にこだわり抜かれた、本好きにはたまらない選書。ときには美味しい珈琲やお酒……そんなセレクトショップのような独立系書店が、昨今は少しずつ増えてきている。かくいう筆者もそんな小さな書店が大好きで、折に触れて足を運んでいる一人だ。

東急東横線で渋谷駅から約30分、横浜の3つ手前。神奈川大学の最寄り駅の学生街として、ヤミ市を発祥とする昔ながらの商店街を中心に賑わう。そんな白楽駅の、活気あふれる西口とは反対側、東口を出てすぐ。小さな飲食店が点在する住宅街で、やや落ち着いた一角にあるのが、〈喫茶と本とちょっと酒「はるや」〉だ。

〈はるや〉外観
居酒屋などが入るビルの2階に、〈はるや〉はある。

少し急な階段をのぼり、やさしい青で塗られたドアを開けると、所々に本が並べられ、大きな窓からたっぷりと光が注ぎ込む空間が広がっている。このお店も先に触れたような、流行りの洗練された独立系書店の一角……かと思いきや、どうもそうではなさそうだ。

主に並べられている本は、小説、エッセイ、漫画、絵本、人文書、サブカル本など。本好きのための選書かのようにも思えるが、実はそうではないという。むしろ、本好きではない人にたくさん来てほしい──長髪をのぞかせたマスターの小檜山想さんは、ほとばしる熱情を抑えきれず、矢継ぎ早に語る。

「いま日本で日常的に本屋さんに行く人は、だいたい300万〜400万人くらいみたい。全人口の約3%くらいで、超少数派ですよ。もちろん、その少数派の人たち向けの書店も必要だとは思うけど、そういう小洒落た本屋さんはすでに結構あるし、流通や客層が限られていることもあって、どこか似てきちゃう。僕としては、残りの97%を相手にしたいんです。その方が、マーケットも大きいしね(笑)」(小檜山さん)

〈はるや〉小檜山想さん(左)と草野史さん
〈はるや〉を営む小檜山想さん(左)と草野史さん(右)。

実際、ビジュアル本や料理本などがよく売れており、「まじめな本はあまり売れないんだよね」。一見すると“小洒落た”マルゲリータの本棚にゆとりを持って並べられた本も、「ギッシリしていなくて面で見られて安心する」といった反応を得ているのだとか。

「とにかくふまじめなんです。ここにある本は基本的に、もうSNSやどこかの書評で紹介されているものばかり。Amazonとかもしっかり参考にしてますよ(笑)。僕の知識じゃ、読んだことのある本をイチから並べるなんて無理ですから」(小檜山さん)

編集者・ライターから一転。バー経営、そしてブックカフェへ

肩ひじ張ったお店づくりはせず、「97%」の人たちを大切にする小檜山さんだが、実は本人は筋金入り(?)の「3%」側だ。

小檜山さんはもともと、マガジンハウスをはじめ出版社で編集者やライターとして活躍しており、あの岡崎京子の担当編集を務めたことも。一緒に〈はるや〉を営む、草野史さんもライターとして活動しており、小檜山さんとは仕事仲間だった。

コーヒーを淹れる〈はるや〉店主・小檜山想さん
仕入れ先にこだわった珈琲や台湾茶、草野さんの心温まる家庭料理や自家製スイーツ、国産ワインなどのお酒も楽しめる。もちろん、本を片手に。

二人が方向転換し、草野さんのかねてからの夢だったという飲食店を武蔵小山に開いたのが2011年だ。〈はるや〉の前身となるこの店は、こぢんまりとしたバー。7〜8人しか座れない小さな店で、「お客さんの名前、職業、年齢、出身地、趣味……みーんな知ってる」。お客さん同士で4組も結婚したりと、10年半にわたって、地元民たちに愛されていた。

「その店はとても楽しかった」というが、2022年に建物の老朽化で立ち退くことに。そこで思い至ったアイデアが、ブックカフェだ。

本屋〈はるや〉 本棚
店内で読める古書も多数。

「せっかくだから今度は気分を変えて、もう少し(一見さんでも入りやすい)風通しのいい店にしようと思って、ブックカフェを開くことにしたの。単純に年齢で夜遅くの営業がキツくなってきたのもあるし、お客さんの人生相談に乗る代わりに本を読んでもらうんだから、ラクそうだしね(笑)。ただ、結局はけっこうお客さんとコミュニケーションをとって、押し売りみたいなことしちゃうんだけど」(小檜山さん)

素人が始めてるから、当たり前のことはやらない

出版業界を出自に持ち、自身も本好きである二人。気になった本を手にとっているお客さんを見ると、その本にまつわるあれこれをついつい話してしまうことも。ただ、最近は「あまり本を読まなくなった」とも打ち明ける。

「最近、面白そうだったり感心したりする本はたくさんあるのに、もうあんま読まなくなっちゃったんだよね。少し眺めるだけで、『もういいや』って満足しちゃう(笑)」(小檜山さん)

「文字を追うのがめんどくさくなったこひちゃん(小檜山さん)がおすすめする本だから、97%にも届くんじゃないかな(笑)。前の飲食店のときと同じく、素人から始めてるから、まじめに当たり前のことをやっていても潰れちゃいますしね」(草野さん)

本屋〈はるや〉 本棚
店主の読書遍歴がわかる古書の棚。

文化系のカルチャーにどっぷり浸かっていたはずの二人でありながら、そこに一石を投じようとし続けるスタンスが痛快だ。とはいえ、まだまだ開店から3カ月。どんな店にしていくのか、試行錯誤のさなかにある。

〈はるや〉外観
2階に続く階段脇に貼られた看板が目印。

「正直、もっと好きなものを並べて色を出してもいいのかな、とも思っています。押し売り本屋、ってのもいいかもしれない。僕は何の役にも立たないような本が好きでね。たとえば、このアメリカンギャングの本なんて最高だよ。読んでも何の役にも立つはずないじゃない、実用性ゼロ。こういうのを守っていきたい……とまでは別に思わないけど、応援したい気持ちはあるよね」(小檜山さん)

『トマトソースはまだ煮えている。 重要参考人が語るアメリカン・ギャング・カルチャー』
『トマトソースはまだ煮えている。 重要参考人が語るアメリカン・ギャング・カルチャー』著/HEAPS編集部。1,980円。

「本好きのためのお店にはしたくない」と言いながらも、本好き気質が端々からこぼれ出てしまう、和気あいあいとした二人の醸し出す空気感がなんとも心地よい。小檜山さんの言うところの“ふまじめさ”が、本が好きな人もそうでない人もやさしく受け入れてくれる空気感を生み出し、自然と気持ちをゆるめてくれるのかもしれない。