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聴く

村上春樹、2021年の「聴く」

「聴く。」の最近は、引き続きクラシックが多いとか。「コロナで多くの人が家に閉じこもっているし、そういう割に狭い領域に特化して突っ込んだものの方が、逆に面白く受け取ってもらえるのかなぁ」と。なるほど僕らも、今、そんな気分かもしれない。

Photo: Keisuke Fukamizu / Interview: Kunichi Nomura

野村訓市

(「読む。」編のインタビューでしていた)チャーリー・ワッツが亡くなったという話で思い出しましたが、村上さんの若い頃は、ストーンズ派とビートルズ派ってあったと思うんですけど、村上さんはビートルズ派ですよね?

村上春樹

いや、僕は別にどっちでもよかったんですよね(笑)。どっちでもよかったというのは、その頃、僕はどちらのレコードもお金を出して買ったことなかったから。ラジオでかかっているものを聴き流していただけ。

野村

あんまり好きじゃなかった?

村上

いや、好きではあったけど、特に思い入れみたいなものはなかった。その頃はジャズにのめり込んでたから。

僕がデビューしてすぐの時、『平凡パンチ』の取材を受けていて、その時のインタビュアーが山川健一さんだったんだけど。山川さんと僕が外で一緒に写真撮ったり、インタビューしているそこに「ジョン・レノンが死にました」っていう一報が入ってきたんですよね。彼はジョン・レノンのファンだから、がくっと落ち込んでいて、見てて気の毒だったです。

でも僕はその時は「あー、ジョン・レノン、殺されたのか」というぐらいで、どこか遠くの話みたいにしか感じられなかった。よく覚えているんだよね、ジョン・レノンが死んだ日のことは。

野村

『ノルウェイの森』もあったので、どこかで勝手にビートルズに思い入れがあるのかなと思っていました。

村上

そんなことないよ。ビートルズを好きになったのは、割にもっと後のこと、40過ぎてからですね。それまではただラジオで聴き流してた。

野村

アルバムは何がお好きですか?

村上

個人的にはやっぱり『Rubber Soul』ですね。この間、Netflixで映画観ていたら、マフィアの親分が、子分に「お前はビートルズのアルバムの中で何がベストだと思うか?」って聞いていて。『Sgt. Pepper~』と子分が言ったらすぐに撃ち殺されてた。

野村

親分は何が好きだったんですか?(笑)

村上

最後に明らかにしたと思うんだけど何だっけな?変なのが好きだったんだよな、『ホワイト・アルバム』だったっけな?いや、『Let It Be』だ。

野村

わかりやすい好みですね。『ホワイト・アルバム』好きの親分だったら逆に怖いです。

村上

『Sgt. Pepper~』って言ったらすぐ殺される(笑)。

野村

以前、村上さんから聞いて、なるほどと思ったことがあるんですが。「新しい音楽を常に聴き続ける、無理してでも聴き続ける。2年間ぐらい空けちゃうと、急に今の音楽を聴いても何が良いかわからなくなるから、僕は聴いてるんだ」と。

だから、毎月タワーレコードに行って新しいものを試聴しているっておっしゃってたんですが、最近も行かれてますか?

村上

最近はタワーレコードに行って聴いても、良いと思うものが全くないんだよね。

野村

なくなりました?

村上

あんまりCDが出ないじゃない?全部ストリーミングみたいな感じになって。だからなかなかタワーレコードに行っても聴く気力がなくなってきた。良いものがどんどん見つかれば、すごく楽しみに行くじゃないですか。

でも行っても徒労に終わることが多くて、最近どうなってるんだろう?と思って。CDも出てるのは再発ものばっかり、リマスターとかね。

野村

では最近は新しい音楽をあまり掘れていないと。

村上

そう。それで、昔はFM放送ではこの番組を聴けば最新のものがガンガンかかってる、っていうのがあったじゃないですか。最近はそういうのあまりないんですよね。だからサンプルを収集するのがすごい難しくなってきて。

野村

確かに難しいかもしれませんね。

村上

あまりにもヒット&ミスのミスの方が多すぎて、ちょっとフォローできてないですね。もうこの年だからいいかとも思うけど。でも、クラシック・レコードの本を出したじゃないですか。「絶対こんなもん誰も興味持たないだろう」と思ったら、もう3刷ぐらい行っちゃった。

野村

あれ、面白いですよね、聴いた気になるというか。知らない曲がほとんどですが。

村上

クラシック音楽をアナログLPで聴く人の数ってすごく限られてるよね。なんでこんな本が売れるんだろうって、すごく不思議でしょうがないんだけど(笑)。

やっぱり今、コロナで多くの人が家に閉じこもっているし、そういう割に狭い領域に特化して突っ込んだものの方が、逆に面白く受け取ってもらえるのかなあという気もしなくはないですね。

作家・村上春樹の自宅 レコード部屋
村上さんの書斎はリスニングルームでもある。棚には長年かけて集められたレコードが整然と並ぶ。

野村

村上さんは、毎日音楽を聴くけれど、割と時間ややることによって聴くものを替えていますよね?車の時はロックを聴くとか、夜お酒飲む時はジャズを聴くけど、朝はクラシックと。今もそうですか?

村上

今はクラシックの本の続編を書いてるんで、朝に限らずクラシックを聴くことが多いですね。ただずっとそればかりだと耳が疲れてくるので、「ベスト・オブ・80s ガールズ・ポップ」とか、お気楽なものをちゃらちゃら聴いたりしています。

野村

以前もイージーリスニングが好きで聴くとおっしゃってましたよね。

村上

うん。エレベーターミュージックとかはいいね。もし僕がビルディングを持っていて、エレベーターで流す音楽を選ぶとしたら、こういうのを選びたいっていうのを特集でやりたい(笑)。

野村

それはまた連載でお願いします。丸ビルのエレベーターにはこれとか。

村上

やりたいですね。そういうの、うちに結構いっぱいあるんですよ。

野村

仕事で執筆をする時には音楽をかけないんですよね?

村上

小説を書く時にはまずかけないけど、翻訳をやる時にはだいたいかけてます。

野村

その違いはというと何でしょうか?

村上

なぜ僕が翻訳を好きかというと、音楽を聴きながら作業ができるからなんです。というのは、翻訳ってやっぱりテクニカルな作業なんですよね。左のものを右に移すわけじゃないですか。大体事務作業みたいなものなんですよ。時々それで済まないところが出てくると考えるけど、それ以外は事務作業なんですよね。

だから音楽かかっていても適当に聴いてられるんですよ。それで音楽の良いところが来ると、はっと手がやんで音楽聴くんですよね。それ以外のところは適当にやって。そういう習慣ができている。

昔、テナーサックス奏者のソニー・スティットや一流ミュージシャンが来て、日本のミュージシャンも加わって、みんなでジャムセッションをやるのを聴きに行ったことがあります。その時は疲労困憊していて、すごく眠くって、だいたいすやすや寝ていたんだけど、ソニー・スティットがソロを吹くところではっと目が覚めて、それが終わるとまたすやすや寝ちゃう。その繰り返しだった。

その時のスティットのソロにはそれだけの力があったんですね。音楽の力っていうのはけっこうすごいですよ(笑)。

野村

仕事をしてる時にスランプじゃないですけど、乗らないんだけどこの音楽かけたら進むっていう定番のアルバムとかってありますか?

村上

それはないですね。寝る時の定番はあるけど。

野村

それは知りたいです!

村上

ヨーヨー・マとクリーヴランド弦楽四重奏団の「シューベルトの弦楽五重奏曲」。それ聴くと一発で眠くなるっていう、不思議なあれで。

野村

ヨーヨー・マだからですかね?

村上

でもヨーヨー・マのほかのやつを聴いても、別に眠くならない(笑)。それだけが特別眠くなるんですよね。でも、これ聴いたら元気になるっていうのはないです。

野村

じゃあ常に色んなものを聴いている感じですか?

村上

昔、自分で作ったMDがいっぱいあるんだけど、それは結構元気になりますね。

野村

気になります。ちなみにどんなのが入ってるんですか?

村上

僕の高校時代に流行った曲とかね、60sの。その時の自分の好きな曲だけ。それは元気になります。でも仕事してる時には聴かないなあ。大体それを聴くのは料理してる時。料理しながらそういうのを聴くんですよね。

僕の家のキッチンには小型スピーカーを置いてて、それでMDやカセットテープが聴けるようになっていて。自分で作った編集ものがあるから、料理する時はMDかカセットテープですね。レーザーディスクも観るし。

野村

捨てられないですよね。

村上

捨てられないというか、今はもう手に入らないソフトが多いからもったいないですよね。

野村

(笑)。村上さんはここ最近、ラジオもやっていますが、自分が聴くための音楽じゃなく、人に聴かせるということで音楽への関わりって変わりましたか?

村上

僕はいつも自分1人で音楽聴いて暮らしてたから、誰かと一緒に聴きたいなと思っても聴く人いなくて。うちの奥さんは音楽に興味のない人なのだけど、その代わり何がかかっていても文句言わない。

普通聴きたくない曲がかかってたら「これ嫌だから消してくれ」とか言うじゃない?そういうのもなくてただ無視してる人だから。そういう意味で、ラジオって「ほらこういうのもありますよ」ってみんなに聴かせるわけじゃない?それすごく楽しいなって思います。

自分で1人で聴いてるのも楽しかったんですけど、やっぱり人に聴かせるという目的でレコードを選んだりするのもすごく楽しいですね。

野村

自分が良いと思っている曲を好きになってくれ、みたいな?

村上

というか、「自分が好きでもこれは人は好きにならないだろうなあ」とかあるから(笑)。そういうのはかけないです。これはもう俺だけのもんだろうなって思うくらいの。

ただ、みんなが知ってる曲をかけてもしょうがないじゃない?その谷間みたいなところが難しいですね。ギリギリのところが。

野村

じゃあ選曲にはかなりこだわってると?

村上

こだわってます。けど、時々ミスしますよね。全然受けなかったりとか(笑)。

野村

でもラジオって面白いですよね、確かに。

村上

僕はテレビに出たことないから知らないけど、テレビよりはラジオの方が手作りの感じがあるじゃないですか、小回りが利くしね。何でも割に好きなことできるし。ラジオは良いですよ。今残っているメディアの中では一番人間味があるんじゃないかなあ。制約もないし。制約あるのかもしれないけど(笑)。

野村

村上さんは、SpotifyとかApple Musicとかはやらないんですか?

村上

やらないですね。できるだけインターネットと音楽は結びつけないように。いつも言うんだけど、セックスと友情は分けるように、僕は分けておきたいと。

野村

(笑)。

村上

あとは自分のiPhoneに入れてる音楽をBluetoothでもっぱら聴いてますね。

野村

サブスクは使わないということですから、iPhoneに入れてるのはすべて音源をMacで取り込んでからですか?

村上

もちろん。

野村

音楽というのはデータではなく、物体から来ないとダメだと。

村上

インターネットから入れるような姑息なことはしたくない(笑)。

野村

そこには確固たる……

村上

線引きがある。最近レコードから入れる方法も採用しまして。

野村

そこまで(笑)。今はカセットテープからもすぐMP3に変換できる安いプレーヤーも出ています。ぜひ、ラジオで村上さんが80年代に作ったカセットミックスを聴いてみたいです。

村上

なかなかすごいですよ、あれ。カセットテープのミックステープはね、結構一生懸命計算してやって……。
昔ギリシャに住んでる時、ラジカセとウォークマンしかなかったんで、編集したカセットテープを日本からいっぱい持っていって聴いてたんですよね。それなんか価値あるかな?

野村

めちゃくちゃありますよ!ぜひ。

村上

そこにね、ザ・デルズっていうアメリカの黒人ボーカルグループの曲で「ダンス・ダンス・ダンス」っていう、ビーチ・ボーイズじゃないやつが入っていて。それを聴いているうちに『ダンス・ダンス・ダンス』って小説を書こうと思って書いたんだよね。懐かしい。

野村

そこからだったんですね。

村上

あと、『ホワイト・アルバム』も入れて持っていったんだよね。そこでビートルズは一番再発見した。ギリシャの島に寝転んで『ホワイト・アルバム』をずっとウォークマンで聴いていて、「ああ、良いなあ」と思って。相当ぶっ飛んでますよね、『ホワイト・アルバム』って(笑)。

野村

『Let It Be』ではないんですね。

村上

だから、僕はビートルズのアルバムで一番最初に啓示を受けたというか、「これはすごい」と思ったのは、やっぱり『ホワイト・アルバム』です。1980年代だから、相当後になってからですけどね。