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村上春樹の『続・古くて素敵なクラシック・レコードたち』:ハイドン 弦楽四重奏曲「五度」ニ短調 作品76の2

村上さんが特に気に入っているクラシック・レコード486枚を紹介した書籍『古くて素敵なクラシック・レコードたち』は、2021年6月に刊行されるやまたたく間にベストセラーに。「こんな個人的な趣味嗜好の本が……」と不思議がりつつ、「本に収まらなかったけど、まだ語りたいレコードはたくさんある」という村上さんにお願いし、増補分を寄稿してもらいました。

初出:BRUTUS No.949「村上春樹(下)「聴く。観る。集める。食べる。飲む。」編」(20211015日発売)

photo: Keisuke Fukamizu

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ハイドン
弦楽四重奏曲「五度」ニ短調 作品76の2

名曲揃いの作品76の中の一曲。ハイドンは作った曲数がやたら多いので、名前がついていると助かる。5度下降する音階が何度か出てくるので、この名前がつけられた。きっと当時の人たちも作品を判別するのに苦労したのだろう。

ハンガリーSQ(SQ:弦楽四重奏団の略記。以下同)、冒頭から最後までぴりぴりと厳しい音が鳴り響く。残響ほとんどなし、情緒なんぞ知ったことかと、4つの弦楽器の熾烈な切り結びが繰り広げられる。ベートーヴェンやバルトークの弦楽四重奏曲の演奏に定評のある団体だが、その方法論をほとんどそのままハイドンにも持ち込んでいる。

そこまでやらなくても……というのが正直なところ、僕の抱く感想だが、その時代にはそういうものもある程度必要だったのかもしれない。演奏の密度はとにかくとても高い。

ハンガリーSQ/ハイドン「弦楽四重奏曲「五度」 ニ短調」レコードジャケット
ハンガリーSQ EMI 33CX-1527(1958年)

ヤナーチェクSQは1947年にブルノで結成された団体だが、隣国のハンガリーSQとはまったく対照的に柔らかくふくよかな音で、この愛すべき作品を演奏している。同じ曲でこんなに印象が違うものかと感心してしまうことになる。時代を感じさせない温かみがそこに流れている。

ヤナーチェクSQ/ハイドン「弦楽四重奏曲「五度」 ニ短調」レコードジャケット
ヤナーチェクSQ 日London SLC-1320(1964年)

イタリアSQはいつもながら美音を駆使して、音楽を隙なく歌い上げる。そして終始その上品さを失うことはない。他の弦楽四重奏団とはひと味違う何かが常にそこにある。そういう音楽を好む人にはたまらなく魅力的だろうが、「ハイドンにしてはちょっと流麗に過ぎるんじゃないか」と懐疑する人も中にはいるかもしれない。

イタリアSQ/ハイドン「弦楽四重奏曲「五度」 ニ短調」レコードジャケット
イタリアSQ 日Philips 13PC-116(1965年)

クリーヴランドSQは当時、結成後まだ数年しか経ていない新進の存在だった。そんなせいもあるのだろう、冒頭からいかにも若々しい、活発な音を出す。音楽は生き生きとして、今にも踊り出しそうだ。音楽的緻密さよりは、むしろそういう音楽の自発的な流れを大事にしているのだろう。でも全体的に少しばかりゆとりが不足しているように感じられる。なんだか狭い部屋に閉じ込められたみたいに。

クリーヴランドSQ/ハイドン「弦楽四重奏曲「五度」 ニ短調」レコードジャケット
クリーヴランドSQ RCA Victor ARL1-1409(1976年)

東京SQ、まだメンバー全員が日本人であった頃の演奏だ。音が緊密でまとまりよく、しかものびやか。というこの団体の美質がよく出ている。個々の楽器の音がクリアで、内声部もしっかり聴き取れる。
(この時点における)弦楽四重奏団の新しい形のようなものがしっかりと示されている。ヤナーチェクSQのふくよかさがちょっと懐かしくなるけど。

東京SQ/ハイドン「弦楽四重奏曲「五度」 ニ短調」レコードジャケット
東京SQ CBS M3X-35897(1979年)

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