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UK最注目ミュージシャンとプロデューサーが手がける『onion』がリリース。その創造の核心に迫る

コーチェラへの出演やNME Best New British Actを受賞するなど、ミュージシャンとして注目されるマレー・マトレーヴァーズが始動させた新たになプロジェクト〈hard life〉。その創造の中心にいるオーストラリア出身で日本にルーツを持ち、数多くのヒット曲を生み出してきたプロデューサー、タカ・ペリー。2人の出会いや創造の中心にあるものとは?

photo: Kazufumi Shimoyashiki / text: Daniel Takeda

UK発のバンド〈easy life〉のフロントマンとして活動し、2019年にはコーチェラに出演、20年にはNME Best New British Actを受賞したマレー・マトレーヴァーズ。航空会社との法廷闘争を経てバンド名を変更せざるを得なかった結果、新たに始動させたプロジェクトが〈hard life〉。その創造の中心には、オーストラリア出身で日本にルーツを持ち、KATSEYEの「Touch」など数多くのヒット曲を生み出してきたプロデューサー、タカ・ペリーの存在がある。2人の出会い、その創造の核心に迫った。

音楽って、完成させることじゃなくて追いかけ続けることだと思う

マレー・マトレーヴァーズ

2022年のジャパンツアーがきっかけで初めて日本を訪れたんだけど、その旅で完全に魅了されたんだ。カルチャーはもちろん、音楽的にも深く惹かれるものがあって。R&Bやジャズのシーンを掘っていたときにSIRUPの音楽と出会って、「これは絶対に一緒にやりたい」と思って、即DMを送った。

タカ・ペリー

ちょうどその頃、僕はSIRUPと一緒に制作していて、マレーから連絡が来てすぐにグループチャットを作った。そこにビートを2、3個送って、軽くやりとりは始まったんだけど、マレー側で大きな法的トラブルが発生して、制作はいったんストップしてしまった。翌年になってロンドンで初めて会って、スタジオで「Octopus」を一緒に作ったときに、ようやく本格的な制作が始まった感じだった。

マレー

「Octopus」は、実はたこ焼きがヒント(笑)。僕のノートに「Tako」ってメモがあって、タカに見せたら、「Octopusってタイトルいいじゃん」ってなった。その瞬間のアイデアが、そのまま曲に落とし込まれていくスピード感が、自分たちの創作スタイルの特徴だよね。タカとの制作って、自分でも気づいていなかった感情が引き出されるんだ。泣いたり叫んだり、感情がそのまま音になっていく。そうして出来上がった『onion』は、タイトル通り“感情の層をむいていく”ような作品になった。トラックの中には自分の叫び声や即興のノイズも残っていて、普通だったら消すような素材が逆に核になってる。

タカ

僕たちはそういう素材を「オニオントラック」って呼んでる。無加工で、ラフなアドリブや叫び声をそのままレイヤーとして重ねる。それがトラック全体にリアルな息遣いを与えるんだ。ディレイのかけ方や音の処理も独特で、“その瞬間”を大事にする。

マレー

『onion』の制作中は、毎日スタジオにこもって、深夜まで作って、朝方ラーメン食べてまた作って……の繰り返し。そのときは完全に“制作以外のことを全部忘れる”状態だった。

タカ

僕たちの関係って、曲作りと生活が完全にリンクしてるんだよね。

マレー

しかも、それが“毎日曲を作れる”ってレベルじゃなくて、“毎日意味のある曲を生み出せる”っていうのがすごい。3年かけて作ったアルバムよりも、タカと1ヵ月で作った『onion』の方が、はるかに自分にとって正直で濃い作品だった。タカとの制作の最大の魅力は、妥協がないところ。自分が本当に言いたいことを、何のフィルターもかけずに音にできるし、タカもそれを受け止めて音で返してくれる。その信頼感があるからこそ、音楽が“自分自身の記録”になる。

タカ

僕たちにとって音楽制作は、感情の解像度を上げていく行為。その瞬間に何を感じてるのか、それをどう音で表現するか。そこに正解はないけど、だからこそ毎回全力でぶつかれる。

マレー

タカと一緒に仕事をしていると、最も本音に近いことを言えるし、それがいいと思えることに気づいた。僕は彼が泣くのも見たことがあるし、彼は僕が何度も泣くのを見てきた。

タカ

クリエイティブな観点から見ると、ほとんど摩擦はない。自分の芸術的なビジョンを妥協してマレーを満足させる必要はないし、その逆もしかり。

マレー

音楽って、完成させることじゃなくて、追いかけ続けることそのものだと思う。達成してしまったら終わり。でもタカと一緒にいると、常に次の“何か”を探してる。その探求心が、自分を生かしてくれてる気がするんだ。

タカ

僕たちの関係は、人生の伴走者のようなもの。お互いの変化やトラウマも共有しながら、それを音に変えていく。その過程こそが、一番価値あることなんじゃないかな。

マレー

タカと出会ってから、ロンドンのスタジオも機材も全部売った。「もうこれは必要ない」と思ってね。タカとラップトップで音楽を作って、世界中どこでも自由にいたいんだ。

左からタカ・ペリー、マレー・マトレーヴァーズ。