「生で観る身体表現は、テキストや映像と違ってそのままの形では残せないし翌日には忘れられても仕方ない。それでも観た人の記憶のどこかに“残ってしまうもの”とはなんなのか、よく考えています」そう話すのはハラサオリさん。
日本とドイツを拠点に活動する振付家で演出家、コンテンポラリーダンサーだ。代表作は舞台作品『Da Dad Dada(ダダッドダダ)』。2017年のドイツ初演以来、日本でも2度再演されている。振付家としてのデビュー作でもあり、ミュージカルダンサーだった父親との死別を機に「不在」をテーマとして制作したという。
「うわー、カッコいい!」と目を奪われるクールな体の動きと、痛々しいほどにさらけ出した怒りや哀しみの表情。ごくパーソナルな記憶や感情が観客個々のそれにも訴えていく舞台は、日独両国で大きな注目を集めた。
「上演芸術は、観客に向けられた鏡のようなもの。観る側の求めるものがそのまま映ってしまう。だから少なくともその瞬間は強烈に感じられるのかもしれません。とはいえ、コンテンポラリーダンスって慣れていないと感想を言葉にしづらいですよね。そういう時は“何が記憶に残ったか”と自分の心を探ってみると面白いのかなと思います。
言葉にする必要はないです。非言語的なイメージの連鎖は身体表現の魅力なので。ただ、それがよどみなく生まれるかどうかは作者の表現力次第。そうした思考やイメージの余白を創り出すことが、芸術に求められることで唯一自分ができる社会との繋がり方だと思っています」
その余白がいつか救いになる。
「中学高校時代の生きづらさはトラウマ級」
舞台上の大きな笑顔からは想像がつかないけれど、人とうまくコミュニケーションがとれなかったとハラさんは言う。でもその頃に始めたダンスが言葉にならない気持ちを拾い上げて、学校での居場所も与えてくれた。それが「芸術が自己と社会を繋いだ」原体験。
だから今、ダンスが昔の自分のような誰かを守ることを願って創作活動を続けている。
「コロナ禍でドイツ政府が“芸術は必要不可欠”と宣言した時は、ほっとしました。すぐには役立たないものの存在意義が肯定されたことに。有用性的な意味とはまた別に、“役に立とうが立つまいが人は生きていく”“それを思考するための余白を社会が守る”という声明だと私は受け取りました。芸術やダンスの持つ“余白”が生きるための救いになることを、私自身も強く信じているのです」