一風変わったオンラインストアで、少し不思議な購買体験を
月面に降り立ったスペースシャトルを写したような写真、何かの痕跡が残された青写真、被写体が幻覚のように朧げに見える写真……。
〈Hand To Mouth〉のオンラインストアを覗けば、ECサイト然とした見た目と、そこに並ぶクリエイティブな写真とのアンバランスさに戸惑うだろう。
写真を売っているサイトなのか、と思いきや、販売しているのはコップや置き物、用途不明の雑貨など、リサイクルショップの商品。クリエイティブな写真の正体は、それらを紹介するための“商品写真”だったのだ。
本来であれば、できるだけ購入してもらうために、整然とそこに並んであるはずの商品写真。なぜこんなにも“売る気のない”ように見える、実験的なサイトの作り方をしているのだろうか。
9人の写真家と作った、「感覚的購買」を生み出すオンラインストア
「『感覚的購買』を生み出せないか、と考えてこのようなサイトを作りました。いわゆるCDなどの“ジャケ買い”の感覚をオンラインストアに反映させたら面白いと思ったんです」(オーナー・廣永尚彦さん)
「自分が買い付けに行くとき、モノをフラットに見てその本質を見る、ということを大事にしています。お客さんもそういう見方で選んでくれると面白いなと思っていて。モノに対するバイアスを取り払って、データや背景に頼らないプロダクトの魅力を引き出したいんです。実際はブランドものやデザイナーズ、キャプションを入れた方がいいようなストーリーがあるものを扱っていても、そのような説明は入れていません。例えば『デンマーク製』や『コップ』などと書いてしまうとそれにしか見えなくなってしまいますよね」
オンラインストアで商品を購入しようとするとき、私たちは何か目的を持っていることが多いのではないだろうか。しかし、〈Hand To Mouth〉のオンラインストアで実現させようとしている購買体験は、「どう使うかわからなくても、直感に従って買ってみる」というものだ。
「感覚的購買」をしてもらえるように、あえて“わかりにくい”商品写真を置く。そんな新しい試みを共に構想し作ったのは、9人の写真家だった。
「撮影時に写真家さんたちにお伝えしたのは、『あえて50〜80%の具体度で撮ってください』ということです。一般的な物撮りではクライアントがいて、商業用に撮るので100%で撮ることがベストですよね。それはお客さんが想像しやすい写真、という意味では良いと思いますが、〈Hand To Mouth〉のサイトでは写真家さんの感覚で自由に撮ってもらうことにしました」
写真家の一人は、「こんな依頼を受けたことがないので、難しくも面白かった。8割くらい作品撮りの感覚だった」と語っていた。
一見何が写っているのか分からないような写真だからこそ、先入観なしにシェイプの美しさを感じ取ったり、そのモノの新たな役割を思いつくことができるのだろう。それは子供の頃の、まだモノの用途や文脈を知らなかったとき、つまりバイアスがかかっていない見方に近いのかもしれない。
ショップはモノを通して人と出会うため。そこからまた新しいことをはじめる
9人の写真家だけでなく、オンラインショップの立ち上げにはデザイナーや編集者などの協力もあったという。そしてそのほとんどが、〈Hand To Mouth〉の実店舗で出会ったのだそうだ。
「『モノを通して人と出会う』ということがお店の核にあります。単純な売買だけでなく、人と出会って面白いことをしたいんです」
この店には、新しいものの見方をする人が集まる。「目的があって何かを買いにくる人」というよりは「廣永さんに会いにきたり、インスピレーションを得ることを期待してる人」が訪れ、出会い、ときにアイデアが生まれる場所なのだ。
「オンラインストアでの購買で完結せず、モノがもつ本質的な良さを実際に体験してほしいんです。オンラインストアで商品やお店に興味を持った人は、オフラインストア(実店舗)に足を運んでくれる。そしてそこでの新たな出会いから、アイデアが生まれる。そんな循環を生むものとして、また、便利すぎる世の中に対して問いを投げかけられるものとして、オンラインストアを立ち上げました」
このような一風変わったオンラインストア構想は、実店舗をベースにしているからこそ出来上がったものだった。
アイデアを思いついたらすぐに行動に移す廣永さん。今後オンラインストアでは何を企んでいるのだろうか。
「例えば彫刻家がプロダクトを複製したものや、作家が商品について書いた小説、ミュージシャンがモノからインスピレーションを受けてつくった楽曲のデータがあったりしたら面白いなと思っています」
彼はオンラインストアをただの売買の場所としてではなく、一つの表現の場所として捉えていた。
「自分のお店だけでなく社会も循環させていけるように、お金に困っていたり発表の場がない駆け出しの方が表現できる場所になればいいなと考えています。そこにしっかりお金が入る仕組みを作れたら、次のクリエイションに繋がりますよね。そうやってどんどんクリエイターさんたちの活動が活発になれば、社会のシステムを変えられたり、クリエイターを志す人ももっと出てくるかもしれない」
〈Hand To Mouth〉は単なるリサイクルショップではなく、ものを作る人々に開かれた、対話と共創の場なのだ。お店の名は「自転車操業」という意味。一般的には縁起の良い言葉ではないが、「自転車は止まったらこけてしまう。常に全力でエネルギッシュに、ポジティブな意味でつけました」と廣永さんが話すように、常に人々の出会いがあり、湧き出たアイデアを形にし続けるその姿は、まさにその店名を表しているようだ。