動物園の物語に浸る
「動物が集まる場所に生じる磁場みたいなものの中に、人間の生のきらめきや家族愛、欲望や業が浮かび上がる。まずはそんな小説を」と、大の動物園好きでもあるブックディレクターの幅允孝さん。
「『雪の練習生』（1）の主人公は、ベルリンの動物園に実在したクマと、その母や祖母。彼らの回想によって3世代の物語が綴られます。『紙の動物園』（2）は、ファンタジーの中に、人間のどうしようもない悲しみや愛情が描かれるSFの名作。また、僕は常々、動物園のにおいがいいと思っていて、『移動動物園』（3）を読むと、人間も動物もそのにおいや欲望をコントロールしてるようで全くできてないから面白い、と感じます」
（1）『雪の練習生』多和田葉子／著
「著者が住むベルリンの動物園で突如人気者になったセレブグマのクヌートと、その母・祖母の物語。人間の都合によって右往左往しながらも、人間が作った国境や言語の壁を超えてたくましく生きる。ユニークで愛しいその姿には、母語を離れて執筆活動を続ける著者自身の、どこにいても異邦人になってしまう悲しみが託されているようにも思えます」。
新潮文庫／693円。
（2）『紙の動物園』ケン・リュウ／著 古沢嘉通／編・訳
米国で中国人の母と暮らす少年を描く。「彼の友達は、母が作り、魔法で命を吹き込んだ折り紙の動物たちだけ。題名は『ガラスの動物園』へのオマージュでしょう。ガラスは割れたらおしまいですが、紙は傷ついても工夫で元に戻る。母は“動物園”に何を託したのか」。『ケン・リュウ短篇傑作集1 紙の動物園』所収。
早川書房／946円。
（3）『移動動物園』佐藤泰志／著
バスに動物を乗せて幼稚園を巡回する「移動動物園」の物語。「今再注目されている作家の、ほぼデビュー作。中年の園長、20歳の主人公と3つ年上の女性。バスの中の濃密な世界で繰り広げられる3人の心のうごめきが面白い。人間の思うようにはならない動物たちを描きながら、人生の渇きや世の中に対する苛立ちなどが、リアルに表現されています」。
小学館文庫／628円。
“動物目線”を知る
さて、動物園でふと「動物から見られてる？」と感じたことはないだろうか。それって実は……？
「『バケツでごはん』（4）は、動物たちが園に出勤し、人間を喜ばせるために振る舞っているというコミックス。『動物農場』（5）は、動物たちが人間と対決するために会話を重ね行動する寓話小説。バックヤードで生まれる動物関係を、覗き見するような2冊です」
（4）『バケツでごはん』玖保キリコ／著
「動物園の動物たちが、実は地下鉄で通勤し、エンターテイナーとして人間を楽しませている、という体のコミックス。どのキャラクターもかわいらしいのですが、動物園の裏側の様子からは、会社勤めの悲哀や恋愛の悩み、子供の虐待やジェンダーに関する話題まで、人間が知ることのないさまざまな“動物模様”が伝わってきます」。文庫版全5巻。
小学館文庫／品切れ。
（5）『動物農場』ジョージ・オーウェル／著 高畠文夫／訳
英国でアニメ映画になった寓話小説。「舞台は動物“園”でなく農場ですが、動物の集団を描いた物語として抜群。賢いブタが率いる動物たちが、平等と自由を掲げ農場主を倒す。でも後を継いだブタたちが独裁化して……動物たちがどんな目で人間を見ているか、人間が他者に対しどう振る舞っているか、想像させられる」。
角川文庫／524円。
動物園から考える
同じ舞台裏でも、園を作る人々に迫るのが『動物園から未来を変える』（6）と『動物園を考える』（7）。前者は〈ブロンクス動物園〉の展示デザインについて。「解説パネルのサイン一つにも専門家がいるような、細分化された仕事の事例が興味深い。後者は日本の動物園らしさに触れられます」
（6）『動物園から未来を変える─ニューヨーク・ブロンクス動物園の展示デザイン』川端裕人、本田公夫／著
革新的な展示で知られる動物園。その展示グラフィックスを手がける日本人デザイナーの仕事に迫る。「動物の見せ方が、細分化された専門家集団によって厳密に設計されていることに驚くし、具体的な事例で書かれているのが面白い。デザインに携わる人は特に共感を覚えると思います」。
亜紀書房／2,200円。
（7）『動物園を考える─日本と世界の違いを超えて』佐渡友陽一／著
「海外に比べるとまだ規模や予算の小さい園が多い日本。世界との違いや宗教的観点みたいなものも含め、日本ならではの動物園らしさや存在意義を論じていく一冊です。その内側には、“動物というものを通じて人間を知ってもらいたい”という思いも感じられました。論文的な感じで、読み応えたっぷり」。東京大学出版会／2,970円。
動物に会いたくなる
最後は動物に会いたくなる3冊。
「『子どもが動物に出会うとき』（8）で描かれるのは、自分よりもか弱い存在に出会うことで、子供の心に生じる変化。『パンダとわたし』（9）は、パンダという存在のポジティブさを十二分に伝えるし、ブルーノ・ムナーリの絵本『Bruno Munari's ZOO』（10）は、“檻の向こう”だからこその姿を、素晴らしい切り口とデザインで見せてくれる。動物園がもっと楽しくなる永遠の名作です」
（8)『子どもが動物に出会うとき』並木美砂子／著
「子供の成長と、動物との関わり方ってちゃんと呼応するんですね。子供たちが動物と出会い、触れ合うことを正面から考えた本が意外と少ない中、なぜ触れ合うのか、なぜポジティブなことになるのかがしっかり書かれている。著者が〈千葉市動物公園〉の飼育係なので、子供と動物、子と親の関係性など実践例が示されているのも素敵です」。
風間書房／1,650円。
（9）『パンダとわたし』黒柳徹子と仲間たち／著
「パンダ歴75年の集大成。徹子さんがパンダ仲間とともにパンダ愛を語り尽くしてます。日本パンダ保護協会会長の土居利光さんらの、学術的な話がまたいいんです。ジャイアントパンダが“かわいい”といわれるようになったターニングポイントは何かとか、パンダという存在が実は環境と人をつなぐ存在なんだよとか」。イラストは西村ツチカ。
朝日新聞出版／1,760円。
（10）『Bruno Munari's ZOO』ブルーノ・ムナーリ／著
グラフィックデザイナーであり絵本作家でもあった作者の歴史的傑作。初版は1963年。「例えば表紙は檻の向こうにいるキリンの足だけ。なのに、こんなにも魅力的でワクワクする。動物の一部を抽出したり、シマウマが上半身と下半身がばらばらに描かれていたり。これは何だろう？という新鮮な見方も教えてくれる絵本です」。
Chronicle Books／3,168円。
